JAの活動:体験型農園の魅力と可能性
【インタビュー・JA全中 小林 寛史 農政部長(都市農業対策室長 )】体験型農園を新しいライフスタイルに2017年3月31日
――体験農園の位置づけはどのように議論されてきたのでしょうか。
平成27年4月に施行された都市農業振興基本法が特に重要視しているのは、都市農業の多様な機能をいかに発揮していくかです。消費者との連携、教育の場としての活用、また東日本大震災以降に関心が高まっている農地の防災機能などが大きな問題意識になっていると思います。
日本では高度経済成長期からバブル時代にかけて、都市のサラリーマン層に住宅を供給しなければならないという社会環境が続き、都市の農地は土地の出し手だと位置づけられてきたわけです。しかし、今や人口減少・少子高齢化の時代になり、空き家率は今後跳ね上がることが想定されます。この状況では、農地をつぶしてマンションや一戸建てを作りましょうというのは、もう今や時代環境、社会環境にそぐわなくなってきているのだと思います。こうした中、都市農業の多様な機能への期待があるわけで、都市でいかに農地を減らさないかを考えることが非常に大事であり、その処方箋が求められています。
全中は、市街化区域農地の都市的活用から農的活用へのシフトをすすめるため、税制の負担軽減ができる生産緑地の要件緩和や地方圏での導入にむけた環境整備等を進めてきました。また、市街化区域における貸借もあと一歩で実現できるところになっています。しかし、税制が整備され、あるいは政策的な仕組みができたとしても、それだけで都市農業がまた活力を取り戻すとはなかなか考えづらい。学校給食に農産物を供給し、若い担い手が学校に行って児童たちに農業を教える、防災協力農地の登録をすすめるなどの取り組みもなされていますが、さらに自分たちができるメニューを増やさなければ、都市農業を振興し、農地減少に歯止めをかけようといってもなかなか前に進まないのではないか。
そこで一昨年12月にJA全中として市民農園等研究会というかたちで新たな都市農業振興について議論を始めました。その過程で東京都練馬区の農業体験農園に注目し、JAグループとしてもこうした農園を振興していくべきではないかという、作業仮説を立てて議論を詰めていきました。最終的には、JAが体験農園を自ら開設・運営する場合、農家のバックアップを行う場合のポイントや法令上の留意点などを一冊の「体験型農園の開設・運営の手引き」として昨年9月にまとめたわけです。
一般的な区画貸しの市民農園も、もちろん立派に運営されているところもありますが、失敗して耕作放棄する人やその除草管理、利用者同士のトラブルなどによって、管理するJA職員が疲弊する事例も多く発生しています。
これに対して体験型農園というのは必ず農家や指導者がいて、栽培指導を通じて利用者・消費者の満足度を高めていく取り組みです。講習会やイベントを通じて、利用者同士のつながりもできます。非常に理想的な取り組みであり、JAグループとしてこれを振興していくことは意味のあることだと思っています。
――JAはどう取り組むべきでしょうか。
2010年以降、TPP交渉について運動展開してきたわけですが、食や農に対して持つTPPへの懸念について、国民のみなさんになかなか理解が進まないという課題がありました。その意味では、これまで農業とほとんど接する機会がなかった方々が多く住んでいる都市地域こそ、JAグループが農業やJAについて理解を求めていく最前線だと考えています。そして、体験型農園は、地域住民を農業やJAの応援団にするポテンシャルがあると考えています。
農的なくらしに興味を持ち、こうした分野にお金を支払っても気軽に参加したいと考える都市住民は多く、民間企業の参入・拡大もすすんでいます。我々JAグループや農家からすれば、しんどい農作業にわざわざお金を払う人はいないと考えていたわけですが、時代は大きく変わりました。農業を楽しんでもらい、そこに対価をいただく、その意味でいえば、体験型農園はサービス業ともいえるわけで、農家・JAも意識を変えて取り組む必要があります。
また、今の世代は戦後まもなく農家を継いだ世代の方々が多く、その技術をどういう人たちに引き継いでいくかも重要な課題です。後継者不足が都市部でも問題となっていますが、それを興味のある都市住民の方に広く継承していく。その中から、もう少し本格的に農業に取り組みたいという方も生まれ、直売所の出荷者になったり農村地域にU・Iターンしたりする。これは、実際に事例も出てきていますが、都市地帯の農業だからこそできるモデルだと思います。
何より先生となる農家や指導者がいて、その指導のもとで参加者は一体となって栽培をしますし、年に2回ほど食事会や収穫祭なども開催しますので、利用者同士のつながりが生まれます。その意味では、地域の活性化にも役立ちます。
この体験型農園は大都市圏に限定した取り組みではなく、地方の中核的都市においても、地域農業の抱える問題の解決策になり得ると思います。
実際には、それぞれの地域性やJAが抱えている問題が違うでしょうから、担い手の確保を目標とするのか、直売所などほかのビジネスとの結びつきを強めるための手段と考えるのか、あるいは耕作放棄地の解消に主眼を置くのかなどいろいろな選択肢はあると思います。既に、金融部が主導して住宅ローン利用者のロイヤリティ向上を目的とした農園の開設を進めているJAも出ていますし、企業の福利厚生としての農園も有望です。
――全中としてはどう取り組んでいきますか。
28年度は「手引き」を作成し、JA役員向け、職員向けの研修会や県中と連携した個別相談で、既に複数のJAで取り組みが始まっています。取り組みを検討しているJAは、県中・全中に相談して下さい。
29年度も、JA・有識者・民間事業者・農水省等からなる体験型農園研究会において、本格的な普及に向けた取り組みのボトルネックと改善策の検討・普及を行います。また、取り組みの魅力を伝える動画の作成、大学と連携したストレス軽減効果の研究、社会に知っていただくためのメディア対策に取り組むほか、JA連合会や生協・企業など様々な関係団体との連携をすすめます。
日本社会全体でいえば、これから高齢化が最大の問題となり、30年後には人口1億人のうち約4000万人が高齢者となるなかで、都市の高齢者が生きがいを持ち活躍する場をどう作るのか、健康寿命をどう伸ばすのか、あるいは増える独居老人に対してどう地域のつながりを再生するかなど、様々な課題解決にこの体験型農園が1つの選択肢として貢献することができると考えています。
今、スポーツクラブに通う高齢者が増えていますが、同じ月謝を払うならば、農園で体を動かして新鮮な野菜を栽培して食べる、こうした取り組みをJAグループが新たなライフスタイルとして提案すれば、利用したい人はまだまだ増えます。ある試算によれば、スポーツクラブの市場規模は約4000億円ですが、農園の市場規模はそのわずか1%。まだまだ伸びる余地があります。
日本社会の課題に対して体験型農園がひとつの解決策を提起する、その都市住民と農園の橋渡しを都市のJAが行う。そうしたビジョンを示し、実現に向けて取り組むことで、都市JAの存在意義を訴える具体策の1つともなるのではないでしょうか。
(体験型農園に興味をもたれた方は、YouTubeで「JA 体験型農園」と検索を)
・YouTubeのJAグループチャンネル:体験型農園の紹介は、簡約版はこちら、全体版はこちらから。
(関連記事)
・【現地レポート JA広島中央(広島県)】地域住民を「担い手」に育成(17.08.03)
・都市農業が「農」あるくらしを身近な社会へ (17.03.31)
・【現地レポート JAはだの(神奈川県)】貸し農園から体験農園へ 市民を都市農業の担い手に (17.03.31)
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