JAの活動:米価高騰 今こそ果たす農協の役割を考える
"新自由主義礼賛""相互扶助を否定" 山下一仁著『コメ高騰の深層―JA農協の圧力に屈した減反の大罪』を読む2025年8月4日
山下一仁『コメ高騰の深層―JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)が出版された。JAに対する誹謗中傷と米高騰の原因を減反に単純化するのは許しがたい。髙武孝充(元JA福岡中央会営農部長)と村田武(九州大学名誉教授)が緊急対談を行った。
九州大学名誉教授・村田武氏と元JA福岡中央会営農部長・高武孝充氏
小農をゾンビ扱い
米高騰の原因を減反に単純化するのはまちがい
村田 まず最初に、山下氏がめざす農業の新自由主義規制緩和・構造改革がいかなるものかを本書から引用します。
「減反政策が・・非効率なゾンビ的農家を滞留させてきた」(34頁)「米価が市場に任されていれば、他の農業と同様、零細な農家は農業を止めて、農地を主業農家に貸し出し、地代所得を得ようとするはずだった。米価引き上げは、兼業農家の滞留、コメ消費の減退、コメ過剰による減反の実施をもたらし、コメ農業を衰退させた。零細な農家は減少しているが、他の農業と比べると未だにコメ農家は多すぎるのである。消費者に安価なコメを安定的に供給するとともに国際市場で競争するためには、減反廃止と直接支払いでさらに農家の規模を拡大する必要がある」(同書164~65頁)「麦や大豆も...国内で高いコストをかけて生産するより、安い穀物等を輸入して備蓄したほうが、多くの食料を危機のために準備できる。」(181頁)
驚いてはいけません。氏は、とにもかくにも米価を下げて構造改革を進めることに執念を燃やしています。中小兼業農家にゾンビ(呪術などで生きた姿を与えられた死体)だと恥ずかしげもなく侮辱する氏には言葉がありません。消費者の求めるのは「安い」ことだけだとみています。食料自給率も、オーガニック化で環境にやさしい農業も、農村振興も知ったことではありません。新自由主義構造改革論者の無惨という他ありません。
高武 昨年初夏以来の米価高騰の原因が米不足にあるのは今さら論を待ちません。しかし、今回の米価格高騰の原因をすべて減反に単純化する山下氏はまちがっています。食糧法のもとでの減反政策が主食用米の単年度需給安定方式であったために、需要の急な逆転に対応できなかったことは問題でした。
実は、第2次安倍政権が発足した2012~13年には、玄米60kg1万8000円台であった米価(相対価格)は、その後続落して1万3000円代に、農家から出荷される米価は1万円前後まで落ちました。加えて2022年に始まったロシアのウクライナ侵攻を背景に肥料や農業資材・機械が高騰し米の生産費が1万8000円から2万円に跳ね上がりました。そこで小規模兼業農家だけでなく、20haを超える大型稲作農家を含めて生産者の生産意欲を損ね、稲作をやめる農家も増えていました。生産量は2023年にはすでに減少していたのです。
村田 山下氏は、米価高騰の原因をすべて減反政策に求めます。EUとちがってわが国は食管制度に輸出補助金付きでの輸出で過剰米を処理する制度は装備されておらず、過剰対策を減反に頼る以外にありませんでした。そのことを知っている氏は、減反導入それ自体は問題にしていません。ところが、その論拠を示すことなく、氏は「減反は農水省がJA農協の圧力に屈したからだ」とします。これはとんでもない言いがかりです。
山下一仁著『コメ高騰の深層―JA農協の圧力に屈した減反の大罪』
直払い 主業農家に
髙武 そのとおりだと私も思います。もちろん減反政策に問題がありました。1970年に開始された減反は「休耕」を強制し、米を少しでも多く生産することが誇りであった私たち生産者を大きく傷つけるものでした。休耕から転作に重点が移されるなかで、われわれは集落転作組合を組織して麦や大豆のブロックローテーションに取り組んできました。集落営農組合は農業用機械の共同利用で、戸別大規模経営に比べて減価償却費を減らしてコストを下げています。
山下氏は、集落営農には先がないといいますが、そんなことはありません。集落営農を農事組合法人化することで後継者の確保も進めています。
「価格競争力をつけて輸出拡大」
村田 山下氏は、米の内外価格差は縮小ないし逆転しており、減反を廃止すれば価格はさらに下がる、価格低下で影響を受ける主業農家に限って直接支払いをすれば、その地代負担能力が上がって農地は主業農家に集積するとします。
さらに水田の大区画化で効率的な米生産が可能になり、コストも大幅に低下し、米の輸出競争力が大いに高まるということです。そうすれば、「カリフォルニア米の価格約9000円(2012~21年の日本の輸入価格)からすれば、品質面で優位な日本米は1万1000円程度で輸出できる」といいます。これは何のことはない、この4月に閣議決定された「食料・農業・農村計画」の「水田政策の見直し」と「輸出促進」を後押しするものです。
髙武 山下氏は、「最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止によるコメの増産・輸出である」「700万トンの生産は1700万トンに拡大し、1千万トンは輸出される」(210頁)、「単収を上げて中国に輸出すべし」(202頁)といいます。その数字は、おそらく氏本人も「言ってみただけ」の話でしょうが、「いざという時には輸出していたコメを国内に向ければよい」、「平時の輸出は無償の備蓄だ」(7月13日付『西日本新聞』での発言)というのは大問題です。
輸出相手国はわが国食料安全保障の犠牲になってもかまわないということなのです。さらに氏のいう減反廃止は、麦・大豆や飼料米さらにWCS稲などへの転作助成金を廃止せよということですね。主業農家には直接支払いで支援するので、せいぜい米麦二毛作でやれ、「意味のないエサ米の生産」(97頁)はやめさせると言っています。これを許すわけにはいきません。
「協同社会」恐れる
農協の存在を許せないのはなぜか
髙武 農協は正・准組合員のためになるのであれば、さまざまな事業を行います。減反政策はその一部です。「農協の大罪」「農協の陰謀」「農協解体」の考えを今になってもしつこく令和の米不足の責任を農協に押し付けるのは許されません。
村田教授と私との共著『地域を支える農協と農家』(筑波書房・2025年6月刊)が紹介したように、地震・豪雨災害に直面した農協は必死に復旧復興に貢献しています。自然災害多発のわが国にあって、地域社会の存続に農協はなくてはならない存在になっています。
たとえば能登半島の2024年元旦の大地震、9月の豪雨災害で、「JAのと」の貯金通帳・カード無しでの10万円の緊急支払い、Aコープ店舗の食品提供、建物更生共済の迅速な共済金支払いなどで地域住民がどれほど助かったか、山下氏はまったくご存じないのでしょう。
村田 そのとおりですね。山下氏の主張は、実のところ、農水省と新自由主義構造改革を強化し、米輸出の促進を主眼とする「基本計画」を後押しするものです。私は、山下氏と小泉農相がなぜひどい農協敵視に走るのか、それは両氏には、新自由主義で矛盾を深めた資本主義に将来がなく、次に来るのが「協同社会」「協同組合社会」ではないかという危機意識がたいへん強いからだろうとみています。
JAグループは、(一社)全中を立ち直らせて農政運動を再生させ、山下氏の暴論に後押しされた「基本計画」に厳しく立ち向かうべきです。それが本書を読んでの最大の感想です。
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