JAの活動:米価高騰 今こそ果たす農協の役割を考える
「直接支払い」が米づくりの命運握る ポスト米政策を問う 茨城大教授西川邦夫氏2025年10月15日
生産現場には今後の米価の動向などに不安が広がるなか、2027年度からの水田農業政策の見直し議論も始まる。改めて今回の「令和の米騒動」の要因と今後の政策のあり方について茨城大学学術研究院応用生物学野の西川邦夫教授に提言してもらった。
茨城大学教授 西川邦夫氏
信頼データなく 下落局面は必至
2025年産の主食用米の生産量は、対前年比で最大66万tの増産が予想されているにもかかわらず(注1)、産地では集荷競争が激化している。農協概算金に代表される生産者価格は、軒並み60kg当たり3万円を超え、早々に追加払いを行う産地も現れている。需要に対して供給が不足していた2024年産とは異なり、2025年産は需給に基づかない価格高騰となっており、まさに根拠の無い「バブル」と呼ぶにふさわしい。このような価格水準は持続可能とは思われず、いずれ下落に転じるであろう。
本稿の目的は、2025年産の出来秋も続く米価高騰の要因を簡単に分析するとともに、ポスト「令和のコメ騒動」における中長期的な米政策のあり方を提示することである。
米価高騰の原因
まずは、直近の米価高騰の要因を列挙したい。第1に、マクロ経済の影響である。消費者物価指数の上昇率が、日本銀行が目標とする年率2%を上回る中で、米だけ物価上昇の例外となることは考えられない。異次元緩和は終了したとはいえ、日本銀行による大規模金融緩和は継続しており、市場に供給された過剰流動性が商品市場に流入しやすくなっている。企業部門は大量の手元資金を保有し、少しでも利益が得られる投資先を探している。
第2に、具体的な取引の場である、産地における集荷競争の構図が、「令和のコメ騒動」の前後で変化したことである。以前は、集荷競争のプレーヤーは単位農協と、地域で活動をする中小規模の集荷業者に限られていた。参照価格となっていたのは農協が出来秋に提示する概算金であり、集荷業者はそれに500~1000円程度の上乗せをして集荷をしていた。農業者、農協、地域の集荷業者という固定されたメンバーの中で、価格は抑制的に決まっていた(注2)。それに対して、コメ騒動以後は大規模な商社や卸売業者が直接、産地で集荷をするようになった(注3)。彼らは豊富な資金力をもとに、予想される農協概算金を5000円程度も上回る買取価格を提示し、それにつられて農協が概算金を大幅に引き上げることになったのであった。
第3に、取引に必要な正確な情報が不足していることである。政府が公表するデータに対する疑念が高まり、政府自体が本年8月に、需給見通しの誤りを認める事態となった。現在、全体の需給状況を示す、信頼性のあるデータは存在しないといってよい。異例の早期梅雨明け以降の高温少雨による渇水の懸念も、2025年産米の収穫に対する不確実性を強めた。供給不足の一因とされる2023年産における高温障害が、2025年産も再現されることが危惧されたのである。
集荷競争に現場が過熱
そして第4に、取引に参加するプレーヤーの心理的な問題として、農協を含めた流通関係者の間で、この間に現物を十分に確保できなかったことのトラウマが残されていることである。2023年産の端境期(2024年6月~9月頃)にスーパーの棚から米が消えたことは、日本中に大きな衝撃を与えた。2024年産の出来秋には、加熱する集荷競争で農協は集荷率を大きく下げた。
卸売業者やその後の実需は、スポット市場を駆け回って現物を確保することを余儀なくされた。2025年産も出来秋にかけて不確実性が強まる中で、安定供給のためには「いくらでもいいから、とにかく現物確保」、という行動様式をとったとしても不思議ではない。
しかしながら、繰り返しになるが、需給に基づかない価格高騰は持続可能ではない。価格が下落する局面に今から備えておく必要がある。
中長期視点から
「令和のコメ騒動」はこれまでの米政策の問題点を顕在化させたが、その教訓も含めて、今後の米政策のあり方をより中長期な視点から考えていきたい。
第1に、需給調整は収穫前の生産調整(事前調整)から、収穫後の流通調整(事後調整)へ重点を移行させることである。「令和のコメ騒動」の原因を政策面から端的に述べると、生産調整の失敗による供給不足と、流通調整の手段が政府備蓄米の放出以外に用意されていなかったことである。
いったん供給量が不足すると、流通部面において事後的に調整をする手段は存在しないため、いきなり最終手段である政府備蓄米が登場することになったのである。その放出が機動的な市場対策とならなかったことは、小売店に並ぶまでの遅々としたスピードが証明している。
需給見通し 難しさ露呈
「令和のコメ騒動」から得られた一つの教訓は、正確に需給を見通すことの難しさと、気候変動が進行する中での生産の不確実性の高まりであった。生産調整による価格維持に今後も依存することのリスクは、許容できないほどに大きくなっている。
流通調整とは、農協も含めた流通業者の在庫操作によって、市況や品質に応じた用途を、各流通ルートへ振り分けていくものである。主食用米は余裕を持った生産をするとともに、収穫後は厳密に区分されている主食用と、加工用米や飼料用米等の用途限定米穀の間で、柔軟に用途転換を可能にする制度の見直しが必要だろう。
流通業者が用途を判断するにあたっては、政府が公表するデータだけでなく、自らが保有している情報をより重視して販売を進めていく必要がある。
適正価格"賄う" 主食米交付金を
第2に、主食用米を生産する農業者に対するセーフティーネットは、適正価格と直接支払い(所得補償)の2段構えで構想されることになる。まず、2027年からの水田政策の見直しの眼目は、転作助成の主食用米作付けからの切り離し(デカップリング)であることを確認したい。
水田と畑の区別なしに
本年4月に策定された食料・農業・農村基本計画では、既存の水田活用の直接支払交付金は、水田・畑に関わらず品目ごとの生産性向上対策に再編されることが示された(注4)。水田と畑を区別しないということは、水田に作付けられている主食用米の作付けと関係なく交付金が支払われることを意味する。これまでは主食用米からの作付け転換によって米価を維持し、主食用米を生産する農業者の所得を維持してきたが、今後はそれとは別建てでセーフティーネットを用意する必要が生じる。
主食用米に対するセーフティーネットの1段目が、適正価格による生産費の補償である。生産費としてどのような費目をとるかは議論の余地があるが、筆者の試算では、2024年産において小売価格5kg当たり2000円台後半が、生産・流通費をカバーする価格となる。消費者にとっては、ぎりぎり受け入れ可能な価格となろう(注5)。
本年6月に制定された食料システム法では、国が情報提供や指導等を行いつつも、適正価格の確保についてはあくまで民間での取り組みに委ねられることになった。食料システムの各段階の関係者による協調によって、「合理的な費用」が価格に反映されることが期待されているのである。適正価格はあくまで緩やかな参照基準程度のものと考えたほうが良く、セーフティーネットとしての実効性は限定的である。
5kg当たり2000円台後半という価格は、農業者にとっては満足できるものではない。日本農業新聞等のアンケートでは、農業者が求める適正価格の回答は、3000円代が最も多かった(注6)。そこで、農業者と消費者がそれぞれ考えている適正価格の格差、500~1000円程度を埋めるのが、直接支払いということになる。
直接支払いは、生産費を上回るプラスアルファを、国民が納める税金から支出することになるため、適切な名目が必要になってくる。例えば、食料安全保障を確保するための長期的な投資に対する支払い、農村に有為な人材を確保するための子弟に対する高等教育費――などが考えられるかもしれない。この点が、農業関係者にとっては知恵の絞りどころとなるだろう。
注1) 農林水産省「米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針」(2025年9月)による。
注2) 以上については、西川邦夫『コメ危機の深層』日経BP・日本経済新聞出版、2025年、p.124―125参照。
注3) 2024年産の集荷競争についてではあるが、農林行政を考える会が主催した座談会における、小林肇JA大潟村組合長の発言(農林行政を考える会「座談会 「令和のコメ騒動」と米政策の今後」『農村と都市をむすぶ』2025年7月号(No.880)、p.16)参照。
注4) 農林水産省「食料・農業・農村基本計画」(2025年4月)、p.23参照。
注5) 西川前掲書、p.265参照。
注6) 日本農業新聞「適正価格 消費者2000円台、生産者3000円台」『日本農業新聞』、2025年6月8日付参照。
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