【農と杜の独り言】第6回 野菜・あなたのお生まれは? 食の歴史知る機会に 千葉大学客員教授・賀来宏和氏2025年12月3日
2027年、横浜の地で、37年ぶりの国主催の国際園芸博覧会「GREEN×EXPO 2027」(横浜国際園芸博)が開催されます。先日、大阪・関西万博が幕を閉じましたが、同博が、関西地域の経済的な浮揚と、科学技術の振興を通じた日本の未来を志向する事業であったとするならば、横浜国際園芸博は、日本人と日本の足元を見直し、その歴史や文化の先に未来の光が見える事業を希求してほしいものです。

千葉大学大学院園芸学研究科客員教授・賀来宏和氏
(2027年横浜国際園芸博覧会 GREEN×EXPO2027 農&園藝チーフコーディネーター)
現在、近隣の小さな菜園に加え、茨城県内に若干の農地をお借りして耕作をしています。近くの菜園はいわゆる家庭菜園の域を出ませんが、茨城の農地は、私が鎮守の森を訪ねて全国を回る中で、自らの問題意識として確信した、わが国における「農」の持続と継承の課題に自ら参加し実践するべく耕しているものです。
営農と呼べるほどの規模ではなく、その意味では趣味の延長に過ぎないとも言えますが、お蔭様で、収穫時期には、自家で消費しきれないほどの作物が得られますので、お世話になっている農家や、住まいの近くで行っている里山管理の仲間を始めとする知人・友人におすそ分けするほか、子ども食堂やフードバンクに寄付しています。農家の皆さんが出荷用につくられる作物と異なり、不ぞろいで、もちろん虫食いもありますので、良いものはおすそ分けに回り、我が家には一番情けないものが残りますが、新鮮な味は上々。
昨年の秋からの栽培品目は、夏野菜の定番であるキュウリ、ナス、トマト、ピーマンを始め、シシトウ、トウガラシ、カボチャ、ジャガイモ、カンショ、サトイモ、ゴーヤ、ゴボウ、ショウガ、カブ、ダイコン、ニンジン、ラッカセイ、キャベツ、レタス類、シュンギク、小松菜、ホウレンソウ、タマネギ、ナガネギ、ニンニク、ラッキョウ、ハクサイ、チンゲンサイ、エンツァイ、エダマメ、インゲンマメ、モロッコインゲン、シカクマメ、ソラマメ、スナップエンドウ、キヌサヤエンドウ、トウモロコシ、ミズナなどなど。品目によっては複数の品種を栽培しますので、畝(うね)はさらに多様に。
農家の皆さんの出荷用の畑では、単一もしくは少数の品目が栽培されますが、ご自宅周りで耕されている自家用の畑は、当方と同様な光景ではないでしょうか。今年はピーマンとナスの成績が良く、一方、インゲンマメやシカクマメは、夏の高温の影響か、生育不良で、花は咲けども実はならず、いよいよ駄目かと諦めていたところ、気温が下がってからはたくさん実るようになりました。栽培農家はご苦労なされたと思います。
専門家や農家の皆さんはすでにご承知でしょうが、これらの野菜は、ほとんどすべてが渡来種。縄文時代の日本には、ミズナの祖先にあたる原生種のアブラナ属が存在していたとされ、わずかにミズナだけ、日本原産の可能性がありますが、古い栽培植物の常で、ミズナが自生の原生種から改良されてできたものか、もしくは渡来による栽培起源かは判然としません。
いずれにしても、我々の日々の食卓にのぼる野菜のほとんどが渡来種起源であることは間違いないと言えます。ちなみに、伊勢神宮の神饌(しんせん)として神宮御園で栽培される野菜には、前掲の栽培品目の多くが含まれ、中でも、「胡蘿匐(こらふ、又は、こらふく)」の古語で呼ばれるニンジンは、神饌として頻繁に用いられるもので、安土桃山から江戸時代前期の渡来とされます。
今、世界では、日本食が流行しています。いかにも日本食らしい、色鮮やかな旬の野菜を美しく盛りつけた小鉢の数々が並ぶ絵から、仮に、渡来起源の野菜を消したならば、随分と寂しい膳になってしまうでしょう。残るのは、わずかにミツバ、フキ、セリ、ウド、サンショウ、ジネンジョ、ワサビといったところでしょうか。
有史以前、また、飛鳥から平安前期に至る遣隋使、遣唐使の時代を始め、各時代における大陸との交流が盛んな時期に食用あるいは薬用などとして渡来した様々な植物をもとにして、概して安定した治世が続き、諸藩がこぞって産業振興に力を注いだ江戸時代に至り、それぞれの土地の気候特性や地理的条件に応じ、人々が多様な品種群を選抜したことが、今日の日本人の豊かな食生活の土台となっていることは間違いありません。
ん、こうして考えてくると、我々の主食の米も、『日本書記』神代紀第九段一書(あるふみ)第二によれば、高天原の斎庭(ゆにわ)からの恵み、そして植物学上はやはり渡来種ですね。
横浜国際園芸博は、限られた会場や会期の中で彩られる花緑を始め、世界各国や国内各地からの庭園作品や農産物の出品を楽しむだけでなく、わが国の「農」を知り、興味を深め、ひいては、農業に対する国民的な関心を呼び起こす契機とすべきと考えます。
縄文時代以来、地球上の各地から多くの有用植物が日本列島にもたらされ、我々の祖先の手によって、列島各地の気候風土に適した豊かで多様な食材として育てられてきた壮大な歴史の営みに感謝する機会としたいものです。
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