JAの活動:国民の知らない農協の役割
【国民の知らない農協の役割】① 「コウノトリ」と「地域社会」の復活 (一財)食料安全保障推進財団専務理事 久保田治己氏2026年1月13日
協同組合の農協は組合員の願いをかなえることが使命だが、その共益の追求が社会の公益の実現につながることも少なくない。昨年「農協が日本人の食と命を守り続ける」を著した食料安全保障推進財団専務の久保田治己氏に改めて農協の役割を考えてもらった。
1.農協の役割(「事業的役割」と「潜在的役割」)
農協には、教科書に載っているような誰でも知っている事業に関わる役割だけではなく、農協の組合員や役職員ですら意識せずに取り組んでいる素晴らしい潜在的な役割がある。それらを、今後は分かりやすく「事業的役割」と「潜在的役割」と呼ぶことにしよう。このシリーズは、その「潜在的役割」について新たな発見を試みるものである。
まず、「事業的役割」についておさらいをしておこう。農協は、販売事業、購買事業、信用事業(金融)、共済事業(生保・損保)を中心に、厚生事業(医療・健康管理)、観光事業、情報事業(新聞・雑誌)があり、さらに全体を束ねて指導事業も行っている。
しかも、近年の広域合併した大型農協は、管内に複数の市町村があり、行政との意見調整にも時間と労力がかかっている。また、よく農協をお役所や行政機関と勘違いしている人がいるが、完全な民間組織で、事業には収支が伴うことから経営管理も複雑となる。
そのため、農協の組合長の業務範囲は極めて広く、あらゆる職種の中で最も難しい仕事の一つではないかと思えるほどだ。さらに、組合長は農家でもあることも忘れてはならない。
では、「潜在的役割」とはどのようなものであろうか。
その役割は、ある特殊な条件が整った時や災害の時などに発揮されるものが多い。
2.コウノトリの絶滅
昭和61年(1986)、日本に残っていた最後のコウノトリが死んだ。この1羽は兵庫県豊岡市の飼育場で保護されていたが、力尽きた。豊岡市には円山川という一級河川が流れているが、下流域と周辺の水田地域がラムサール条約に登録されている。つまり、貴重な湿原となっている。円山川は、河口から10km上流に遡っても高低差が1mしかないというほどなだらかな流れで、多くの生き物を育んできた。毎日ドジョウを80匹も食べるという大食漢のコウノトリにとっては、最後に残された豊かな餌場であった。
コウノトリは江戸時代には花のお江戸でも繁殖していた記録があるので、日本中の大空を舞っていた。そのコウノトリが、明治維新以降の日本の変化に付いていけず、消えていった象徴的な生き物であろう。一般的に、戦後の農薬の普及が絶滅の原因と語られることが多いが、必ずしもその指摘は正しくない。農薬の使用は昭和25年(1950)からであるが、その時点で既にコウノトリの数は20~30羽に減少しており、遺伝子の多様性も失われていたものと考えられている。
日本で近年に絶滅した種は、環境省の「レッドデータブック」によると哺乳類で7種、鳥類で15種となっている。哺乳類では、ニホンオオカミ、ニホンカワウソが有名であるが、小笠原や沖縄のコウモリが3種、絶滅している。鳥類では、コウノトリと佐渡のトキが知られているが、トキの絶滅は平成15年(2003)であった。コウノトリはJapanese Storkと呼ばれ、トキの学名はNipponia nipponと名付けられているほどに日本を象徴する鳥達であった。
なお、意外なことに爬虫類と両生類は絶滅リストに載っていない。世界最大の両生類のオオサンショウウオは、チュウゴクオオサンショウウオとの遺伝的汚染で純血種の危機が叫ばれているが、まだ野生種が残っている。学名はAndrias japonicusで日本が付いている。日本人もDNA的には他民族と異なる特性も見つかっていることから、遺伝交雑や絶滅しないよう心掛けたいものである。
3.コウノトリの復活
現在、日本には野生のコウノトリが500羽を超えるほどに増えてきている。これは、昭和60年(1985)にロシアのハバロフスクから譲り受けた野生の幼鳥6羽の人工繁殖が、平成元年(1989)に成功したことがきっかけである。人工繁殖というのは、専門の学者や飼育員が寝食を共にして努力するのですぐに実現できるもの、と思ってはいけない。
兵庫県にコウノトリ飼育場を作って人工繁殖を開始したのは昭和40年(1965)のことで、初めての雛が孵るまでに24年の歳月が過ぎていた。
この24年間、飼育員の松島興治郎さんがずっとコウノトリの面倒を見てくれていた。当時の豊岡市長の中貝宗治さんが、松島さんに失敗の連続のコウノトリの飼育をなぜ続けることができたのかと尋ねたそうである。松島さんはこう答えたそうだ。「人工飼育を始めた時にコウノトリと約束したんです。必ず大空を飛べるように戻してやるからなと」。
市長の中貝さんも飼育員の松島さんも、コウノトリの復活には欠くことのできない貢献をされたお2人である。
4.地域社会の復活
ここから農家と農協が、人類史上前例のない役割を果たすこととなる。コウノトリは人工繁殖で生物学的には復活したが、まだ籠の中の鳥に過ぎない。このコウノトリを今後どうしていくのか。地元の人たちが2年間にわたる喧々諤々の大議論の末、「コウノトリを野生に返すこと」を決めたのだ。まだ農薬全盛の時代に、コウノトリの餌場を確保しなければならない。
野生復帰させるための拠点に選ばれた豊岡市祥雲寺地区の全23戸の農家は、さらに2年の時間をかけて議論し、「こんな農業をしていていいはずがない」という結論で前にすすんでいくことを決めた。多数決ではない。集落全員の総意であった。
コウノトリを野に放つだけでは、また絶滅してしまう。大勢の人が住む地域そのものを、かつてのように様々な生き物が豊かに共生する環境に戻さなければならない。当初は反対論者も多かった。農薬を使う慣行栽培の方が反収が多いのである。
つまり、農家所得に直結する。たかが鳥のために、貧乏に耐えろと誰が言えるだろうか。
その時、JAたじまは「コウノトリ育むお米生産部会」を設立し、無農薬・無化学肥料の米を慣行栽培の2倍ほどの価格で全量買い取ることを決めた。農家は、安心して無農薬・無化学肥料の「コウノトリ育むお米」の栽培に専念できるようになり、栽培面積も拡大していった。
逆に、農協は高いお米の販売に苦労し、10年間も赤字に耐え続けることになる。
そして、平成17年(2005)9月24日、秋篠宮様と紀子様によって5羽のコウノトリが祥雲寺地区に放たれた。
この放鳥で復活したのはコウノトリだけではなかった。カエルもトンボもドジョウもクモもイトミミズも復活していた。それらと共生する人間も、そして力を合わせた地域社会も復活していたのだ。
5.増え続けるコウノトリ
喜んでばかりはいられない。500羽を超える野生のコウノトリは、毎年100羽ほど増えていく。一方、JAたじま管内の稲作農家の高齢化もすすみ、「コウノトリ育む農法」の水田面積が伸び悩んできている。つまり、餌場が足りなくなってきているのだ。
コウノトリは全国に餌場を探し求め、兵庫県以外でも令和7年(2025)12月末現在29か所で巣立ちが確認されている。
JAたじまの隣、鳥取県八頭町には4年前からコウノトリが営巣を始め18羽が巣立っている。元々農薬等の使用量も少なく、コウノトリにとっても快適な場所のようだ。鳥取県のJAグループはJAたじまに指導を仰ぎながら、コウノトリと共生する地域作りをすすめることとした。
コウノトリの絶滅・復活という歴史的な体験をしたJAたじまの取り組みに始まり、餌場を求めて飛来したコウノトリにより、新たな感動がその地域の人々の心を揺さぶり続けている。豊岡市祥雲寺地区の農家のように「こんな農業をしていていいはずがない」との思いから、大きな動きになる地域もあるだろう。ただ、「令和の米騒動」で価格が2倍になった原因が農協の吊り上げだったと思い込んでいる消費者も少なくない。
農家の純粋な思いと消費者の思い込みを、対立ではなく多数決でもなく、総意として理解し合える地域社会を復活させることが、農協の「潜在的役割」ではないだろうか。
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