ゲノム編集食品 「表示」はできるか? 課題めぐり議論2021年3月26日
ゲノム編集農産物は科学的には従来の育種と変わらないため区別ができず、国は表示を義務化していない。しかし、消費者からは表示をすべきだとの声は多い。科学的に区別はつかなくても種子から農産物、食品の販売までトレーサビリティを徹底すれば可能だとの意見もある。ゲノム編集による品種改良が普及すれば生産者への情報提供はもちろんだが、生産現場からの発信も課題となる。3月25日に開かれたゲノム編集農産物の「表示」を考えるセミナーでは、量販店に並ぶ多くの野菜には、そもそも品種の表示も重視されていないなどの実態が指摘された。
ゲノム編集育種を考えるネットワークが主催し、日本種苗協会などが共催してオンラインで開かれた。
セミナーでは日本種苗協会の福田豊治専務が「種子会社は種をどのように品種改良・生産・販売しているのか」をテーマに講演をした。
種子開発の実態と表示
種苗会社は品種改良のためにどの企業も国内外の育種素材(遺伝資源)を探索し収集しており、そのなかから病気に強い、糖度が高いといった優良特性を既存の品種に導入して新品種を開発する。
こうした実態をふまえ福田専務はとくに海外の遺伝資源を探索する際、それがゲノム編集作物であるかどうか、そもそも科学的検証を行うことができないと指摘、表示の根拠となる情報が根本から得られない実態があるといえる。逆にゲノム編集技術を利用した品種を排除するために、海外での遺伝資源探索や収集を実施しないとなると「開発力を失うことになる」と強調する。
一方、自らがゲノム編集技術で育種した新品種を表示を前提に生産、販売するとなると、従来型の育種と厳格に区分して取扱うなどそれらに伴うコストを回収できる価格設定とする必要性や、最終的にはその種子から生産された野菜などまでコスト増加となることについて消費者の理解も必要になることなどの問題点も挙げた。
また、(株)CGCジャパンの岩井弘光品質保証室長が野菜の流通管理の基本を解説した。同社は中堅・中小量販店が結集して1973年に設立した共同で食料品を扱うチェーン。207社4100店舗が加盟している。岩井氏は量販店での農産物の表示について実態に即して解説した。
野菜の表示の実態
それによると野菜では深谷ねぎ、九条ねぎ、三浦大根など産地名が表示されるものほか、ニンジン、キャベツ、ブロッコリーなどは国産であれば都道府県名と一部市町村名などが表示されている。輸入品は国名の表示が義務づけられている。
品種名が表示されるのは紅あずま、男爵などサツマイモとジャガイモ、桃太郎などトマト。野菜はこのように品種名が表示されるのは限られた品目になっている。これに対して品種名の表示を積極的に行っているのは果実だ。つがる、ジョナゴールドなどのリンゴ、あまおう、とちおとめなどのイチゴのほか、ブドウ、梨、みかんは差別化しようと品種名で売り込む。
そのほか量販店に並べる農産品には栽培方法を表示したシイタケや、有機JASマーク表示の作物、GM農産物表示、ジャガイモの芽止めに放射線照射した場合の表示など消費者に対して数多くの情報提供が求められているが、ゲノム編集食品については表示は義務化されていない。ただ、厚労省などは国にゲノム編集食品として届けられ公表されていることが明らかな場合は積極的な情報提供をすべきとしている。
こうした現状をふまえ岩井氏は、食品表示法など法令で定められている情報の伝達は当然実施し、また、量販店としては伝わった情報を「顧客に提供するのは習慣」だという。これは裏返せば提供されていない情報は伝えられないということであり「生鮮食品の情報伝達は上流次第」だ指摘した。野菜の表示の実態が示すように多くの場合、ニンジンは品種情報は伝えられておらず産地名だけが表示されている。しかし、現在のところ、これで支障はない。しかし、ゲノム編集技術による育種が普及していった場合、今のままでは情報は伝達されない。
「品種」情報が消える
ゲノム編集食品の表示の難しさを強調する日本種苗協会の福田専務も「開発する側としてはきちんと生産者にどんな品種か品種名とともに伝えたいが、実際は品種名が消えて売られている」と課題を指摘した。
また、岩井氏はゲノム編集の農産物が加工食品の原材料に使われていた場合、その情報伝達ができるか、さらに輸入品に対する情報収集はできるのかといった問題点を挙げた。そのうえで義務化されていない表示を実施することで、企業イメージの悪化も懸念されるとした。それだけゲノム編集に対して不安があるのが実態であり、表示をしたとしても、当面、ゲノム編集で品種改良された高GABAトマトが店頭販売されることはないだろうと話した。
EUの取り組みは?
ゲノム編集食品は従来の育種技術を変わらないため遺伝子解析をしても区別がつかないとされている。そこが表示を義務づけない根拠になっている。この点についてパネルディスカッションで名古屋大学の立川雅司教授はEUの取り組みを紹介した。立川教授は、河原にころがっている石に譬えて、それが自然に割れたものか、人間が割ったものか「同定」する試みが行われているという。開発企業からの事前の遺伝情報の提供が前提だが、自然由来か、人工的かを検証する。成果はまだだが、EUがこうした取り組みをするのは日本と違ってゲノム編集技術を遺伝子組換え技術と位置づけているからだ。
そのうえで既存の育種技術で開発された品種と「共存」をめざしている。そのためにゲノム編集農産物と既存の農産物が交雑しないよう農場で区分する距離などを定めたり、かりに交雑が起きた場合の賠償規定まで定めているという。ただ、これは科学的検証ができるという前提に立つ。
日本農業の課題解決とゲノム編集
一方、日本では従来の育種と同じとされたことから、この日のセミナーで議論されたのは科学的検証ができないのであれば、トレーサビリティ制度など情報伝達による「社会的検証」によって表示を実現できないのか、という点である。
そのためには生産から販売までの区分管理が必要になる。その場合、共同選果では混入が問題となる。今は現実味がないがゲノム編集による新品種が普及すれば流通段階で混乱が起きかねない。では、だれが区分管理のコストを負担するのかも議論になる。GM食品の場合は消費者の知る権利のため一定のルールで表示を義務づけた。情報を知りたいという人のためであるから受益者負担となるはずだが、だが、実際は中間業者が負担している。
一方で根本的な問題の指摘も出た。すでに米国ではゲノム編集作物が生産されているが、それが日本に輸入されるとき、情報提供がなされないこともあり得るという。これでは輸入されているかどうかの検証すらできない。ただ、「表示」といっても何を表示するのかで、その実現可能性も変わってくる。ゲノム編集された作物であることが知りたいのか、それともその技術によって獲得された新しい特性、機能情報伝達すべきなのか。病害虫に強い品種ということは生産者にとっては必要な情報だが、消費者にとって直接メリットになるわけではない。
情報発信で理解を広める
全国消費者団体連絡会の浦郷由季事務局長は「ゲノム編集技術でどういうことが行われているのか、まだ多くの人は理解できずただ不安になっている。ゲノム編集食品かどうかを知りたい」と消費者の心理を話すが、気候変動や病害虫の多発など食料生産の課題を解決する技術にも目を向けるべきだとして「日本の農業のためになるということも伝えるべき。何を伝えるかも考えなければならない」と強調した。
今の野菜流通の実態からは川上から川下までの情報伝達が難しい実態が指摘された一方で、新技術についてその意義も含めた知識をどう広めるかも関係者には問われていることが示された。
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