農政:創ろう食と農 地域とくらしを
地方創生で地域は疲弊、「富」は中央が吸い取り 浜矩子・同志社大学大学院教授2014年10月24日
・食料政策より企業利益
・危険な「攻めの農業」
・分断を警戒し絆に確信
・地域から政策の本質見抜いて
「日本を取り戻す」を掲げてきた政権は、アベノミクスを打ち出し、この道しかない、などと強調する。今回はそこに地方創生も加わった。しかし、そもそもこの国のかたちをどこに向かわせようとしているのか。地域からの地道な取り組みに確信を持つためにも政策の本質を認識する必要がある。浜矩子・同志社大学大学院教授に聞いた。
国民なき「強い国家」
◆食料政策より企業利益
――昨年4月にアベノミクスを検証するというテーマで、強い日本経済を取り戻そうという安倍政権への評価を伺いました。その際、結論として強調されたのは私たちがめざすべきなのは地域社会、地域共同体の活性化だということだったと思います。それも一人ひとり、仕事や役割があまり分業化されず、いろいろな役割を持って多くの人たちが「寄ってたかって」力を発揮するような社会が足腰が強いとの議論にもなりました。これは東日本大震災の被災地からも学ぶべきこととの指摘もありました。
では、そのような方向に向かっているのかどうか。この間の日本の経済社会をどう見ていますか。
今いちばん警戒しなければいけないことは、時あたかも安倍政権が地方創生を猛烈に前面に打ち出していることだと思います。ローカルアベノミクスという言葉も使っていますが、これが実にくせ者ではないか。
地方創生を打ち出した安倍政権の成長戦略の最新バージョンが6月改訂の日本再興戦略です。そこで地方創生がどういう脈絡で語られているかというと2つポイントがあります。
1つは彼らのいうところの「好循環」が中央から地方に波及することを狙うということです。もう1つは観光資源の再発掘といいますか、再開発を通じた地方創生ということです。要は観光だということですね。この2つのポイントそれぞれに問題があると思いますが、第1の好循環の波及というのはまったくまやかしだと思います。
彼らの好きな考え方に「トリクルダウン」があります。上の富は下にしたたり落ちていくはず、という考え方です。しかし、好循環の地方への波及とは、上から下への垂直の流れではなく、水平に、真ん中から外に波紋が行き渡っていくという発想です。
そこで考えたいのは、そもそも中央がそんなに良くなってはいないという問題がありますが、それ以上に本当にプラスの要因が波及していくのかということです。中央から外に向かって波紋が広がっていくのではなくて、中央に向かってどんどん吸い取られていく、むしろそういった力学のほうが強く出つつあるのではないか。
地方の中小零細企業は円安にともなうコスト高に苦しんでいますし、2020年開催の東京オリンピックに向けて人材が地方から中央に取られてしまう。生産資源が引き上げられていくわけですから、むしろ地域は吸い上げられる対象になっていくおそれがあるし、すでにその状況が見えてきていると思います。
要するに強い日本を取り戻す、強い経済を取り戻すという号令一下、そのために強いものをより強くするというのが彼らが狙っているところです。まさに“一将功成りて万骨枯る”でいい、ということでしょう。功成った一将が何人かいて、それで強い国ができればいいと。
その発想であるがゆえに、日本再興戦略には地方創生のために自分たちが政策責任者として何をやるかはほとんど書かれておらず、あなた方ががんばりなさいとしか書いていない。それこそ国民は総員奮励努力すべしという戦前、戦中の強権的な政治体制が志向したのとよく似ているのではないでしょうか。
(写真)
浜矩子・同志社大学大学院教授
◆危険な「攻めの農業」
――上が富めば下へ波及するというトリクルダウンの考え方自体がまやかしとの批判はありますが、実はそもそもそんなトリクルダウン論など問題ではなく、強い日本を取り戻すためには一部の強者がより強くなればいい、というのが本質だということですか。
トリクルダウンとは後から付け足しているようなものだということです。一握りの功成った一将たちの力で強さを取り戻す、と。そこに政策のすべての関心は集中しているわけで、その流れに邪魔になるものは、結局のところ切り捨てていくのが本音だと思います。
地方創生といっても、特定の観光資源に焦点を当ててテーマパーク化しなさいというものです。それは多機能を持つ市民社会をベースにした地域、地に足のついた広がりを持った小宇宙としての地域づくりからどんどん地域共同体を遠ざけていくことになりはしないか。地方の荒廃、崩壊を何とかしなければいけないという危機感があるわけではなく、強い日本、目立つ日本を取り戻すことに役に立つような姿の地域経済、地域社会という方向に作り直させようとしている。地方創生を掲げながら地域にとって一段と危機的な状況になってきたと思います。
◆分断を警戒し絆に確信
――強い国を取り戻すというのであれば、たとえば食料は自国で生産する政策をもっと重視してもいいのではと思います。ところが農業、それから医療、雇用などの社会の大切な基盤を「ドリルで穴を開けるべき岩盤」などと言う。どう考えればいいのでしょうか。
ある意味では彼らには愛国心はないんだと考えてもいいのではないでしょうか。強い国家といった場合、良心的な人々は、たとえば食料安全保障の確立などに力を入れる“国民のために強くある国家”という意味で解釈しますね。しかし、今言われている強い国家は、そうではなくて権力者がやりたい放題やれるといったイメージだと思います。だから、TPPにしても米国に対して弱腰ではないかと言われますが、そこはやはり日本のなかの強い者がより強くなるように、という判断があるのだろうと思います。
農業についてもめざしているのは人々のための安全で安心な食料供給体制などではなくて、攻めの農業だということですよね。攻めの農業にしていくために、株式会社化をはじめ一握りの人たちが農業、農地になだれ込んでいくことは非常によしとしている。その限りでは他の政策と一貫しているわけです。
同時に安倍政権は何だかんだ言っても米国追従ではないかとも言われますが、実は米国は今の安倍政権には警戒心を抱いていると思います。非常に強権的な方向感を持っているということ、中国、韓国をはじめ近隣アジア諸国に対しても底流として大東亜共栄圏的野望を抱いているのではないかと米国も敏感に感じている。自分たちがイメージする力と強さの方向性に向かってすべてを集約していこうというのが安倍政権の基本的な発想だと思います。
その意味では、農業も彼らの言うところの攻めの農業に乗っかっていくと、だんだん農業ではなくなってしまうのではないか。それはますます変なかたちの分業化が進むことでもあると思います。言い換えると参入した企業のもとで農業労働者化していくという、まったく地域の人たちの主体性がなくなっていくおそれもある。そして住民間の絆や連帯意識、分かち合い、助け合いのモチーフはどんどん後景に退くことを強いられていくと思います。つまり、農業というものが本来持っている役割、食料の供給、環境保全、コミュニティの軸になるといった役割を取り戻す、復権させるという発想はみじんもないのではないかと警戒する必要があると私は思います。
◆地域から政策の本質見抜いて
――厳しい認識を指摘していただきましたが、各地域はどう対応すればいいのでしょうか。
その地域のことは地域のみなさんがいちばんよく分かっているわけですから、まさに市民密着型の小宇宙として地域を強化していくために、今いちばん問題なことはなにかをみんなで考えることが大事になっています
そこで警戒しなければならないことは分断して支配するという流れに乗らないことです。一つの地域のなかで格差ができる。先ほど指摘したような農業への企業参入によって農業者が労働者になってしまって地域内で分断されることもおきかねないし、あるいは女性の活躍も謳われていますが、政府の言う輝く女性の路線に乗ることができる人と、そもそもそんな路線には乗らない、あるいは乗れない女性といった分断もありえる。
そういう意味で地方創生の中身は何か、どんな文言で何を掲げているのかについて徹底的に解析することが重要だと思います。言葉に踊らされず、むしろ地域に密着しなければ出てこない農業や地域資源を守る工夫に確信を持つことだと思います。
(特集目次は下記リンクより)
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