農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち - 挑戦・地域と暮らしと命を守る農業協同組合
【座談会】思いを馳せた「近代化」幻惑され影を見落とす(上・2)2019年1月8日
・「現代の老農」に聞く農と地域・食といのちの未来
【座談会出席者】
・星寛治氏(農民・詩人)
・山下惣一氏(農民・作家)
・大金義昭氏(文芸アナリスト)
「老農」とは明治時代の経験に富んだ在来農法による農業指導者のことを言う。現在は栽培技術のマニュアル化が進み「老農」の出番はなくなったかのように見えるが、農業を支える農村社会そのものが崩壊しつつあり、今日的な農業・農村のリーダーが求められる。その意味で、「現代の老農」ともいえる存在で、農民であり作家の山下惣一さんと、同じく詩人の星寛治さん、それに文芸アナリストの大金義昭さんに登場していただく。
村社会からの脱却図る
村づくりへ仲間と活動
大金 家や村の生きにくさもあったのでしょうか。
山下 星さんと違って、私は子どものころから丈夫で「百姓」仕事にこきつかわれ、体を鍛えられてきたから、体力だけは自信があったんですがね。牛のケツを叩いて田起こしをし、肥えタゴを担いだ世代ですから。それにも不満があった。私の地域には、浜の漁師の家の便所の汲み取りがあった。中学校に行く前にそんな仕事をしたが、そこへ女の子が通りかかるんですよ。恥ずかしかったね。屈辱的な感じでした。そんな仕事を親父は「百姓」の当然の仕事だと思って、嬉々としてやっているが、こちらはそうじゃなかった。
それに、家の中が息苦しかった。親父は軍隊帰りで、手の方が早かったから、ともかく怖かった。だから私は親になったら、「民主的」な親になってやろうと思っていました。(笑い)
星 私の父親は、家の中でも活動でも自由勝手にやらせてくれた。しかし、父親は保守系の町会議員で、私自身の生き方とは最初から噛み合わないものがあった。就農するときは、はしりの自動耕運機を買ってくれたんです。牛馬耕や肉体労働が主流だった時代に、ハンドルを握ってポンポンポンとエンジン音と共に農耕作業をするというのは、ひとつの新しい時代の響きみたいなものがあってね。本来は、大学進学をあきらめさせて後継ぎにさせたという思いが、父親の配慮にあったのかとも思いますね。
(写真)天日乾燥で美味しい米を生産
山下 私は2回家出をしたんだよね。「百姓」するのは当然と思っていたが、農業高校に行きたかった。ところが親父は高校にやってくれない。それで「百姓」しながら通信教育で勉強し、大学入試の資格検定試験だけは受けさせてくれと頼んだら、ちょうど棚田の田植えの時期でした。親父が怒って「まだそんなことを考えているから、百姓に身が入らん」と、上の田んぼから下の田んぼに突き落とされて、泥の中に顔を突っ込んで泣きましたよ。
こんなところにいられるかと家を飛び出し、その時は連れ戻された。それから2~3年後にもう一回、大学に入っていた友達のところに転がり込みました。その彼が文学の同人雑誌に入っていて、それがきっかけで私も物を書くようになった。その時はともかく、することがないから昼の明るい時間に風呂に入った。風呂に入りながら、親父たちは今働いているんだなと思うわけですよ。「俺はそこから逃げようとしているけれども、俺が逃げても、家も村も農作業も残る。逃げるのはまずいんじゃないか」と、そう思って自分から帰りました。20の時でした。それからは家を出ようとは全く思わなかった。何とかしていこうと思った。
星 われわれが就農したのは、「近代化」以前の時代でしたからね。村は貧しく閉ざされた場所だった。そこから何とか脱却し、あるいは解放されたいという思いが強くあって、サークルや青年団の活動なんかにのめり込んで行ったんですね。
山下 出る家がその当時はあった。その家と農業や農村がつながっていて縛りがあったんだよね。村社会の論理があって、「百姓」が物を書いたり、本を読んだりすることも絶対に許されなかった。そんなのは異端児だったんですよ。
星 村がこのままで良いはずがない、もうちょっと明るく近代的な場所に変えていかなければいけないという若者特有の意識があり、それはしかも一人では出来ないので、若い仲間たちと力を合わせてやろうじゃないかと、ごく当たり前のことに気づいて「村づくり」への気運が燃え上がるようになったんです。
もともと好きで「百姓」になったわけではなく、泣く泣くなったという経緯があるからと言って、いつまでも寝覚めが悪くてはダメだと思い、土に踏ん張って生きていくことが定まった以上、もうちょっと別な発想に立たなきゃいけないと思ったわけですよ。それからですね、読書会とか青年団とかに取り組んだのは。
(写真)アイガモ農法で安全・安心な米づくり
山下 村の暮らしの「近代化」に青年団活動で一所懸命になり、機関誌なんかに私も「恋愛は自由だ」などと書いたことを覚えていますよ。まだ「許嫁(いいなづけ)」というのがあったからね。家や村社会の論理をぶち壊していくのがわれわれの「近代化」だった。「1人の100歩より、10人の10歩、10人の10歩より100人の1歩」という考え方ですからね。みんなで生きていこうということだった。今はぶち壊すものがなくなり、自由になってしがらみがなくなり、みんな逃げてしまって、残ったものが年をとって途方に暮れている。
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