農政:特集
穀物自給95%維持めざす中国 価格支持で米の増産をけん引【日本の食料 変動する世界の農業生産】2020年8月25日
新型コロナウイルス感染症の拡大で農業生産や農畜産物の流通が滞り、世界的に食糧供給が変調をきたしている。コロナ禍が長期化すると、影響が広がる恐れもある。生産・消費大国である米国と中国におけるコロナ対策と食糧事情について、フリーライターの山田優氏、森泉氏の両氏にレポートしてもらった。
国内自給めざす中国の米(黒竜省ハルピン郊外で)
中国湖北省武漢市から始まった新型コロナウイルスのまん延は世界規模で拡大している。世界保健機構(WHO)によると8月23日には、感染者数が累計で2000万人を超え、死者数も約74万人となった。その影響で食料の生産や流通などの停滞が進み、農産物貿易にも支障が生じた。一部の国では、国内への食料供給を優先に輸出制限策に乗り出し、食料自給率の重要性が改めて確認された。その中で中国の取り組みが目立つ。
新型コロナウイルスのまん延状況
新型コロナウイルスは2019年12月1日、武漢市で初めて確認された。当初、同市医師から危険性を警告する声があがったが、政府当局を含め、適切な対応をとらなかったといわれている。2020年1月20日、中国の権威ある専門家が「人から人へ感染」を示唆し、世界に激震が走った。そして同市は1月23日、ロックダウン(都市封鎖)に踏み切った。延べ30億人が移動するといわれる春節(1月25日)を迎えたことに加え、同市が水路、陸路の重要な交通中心となっていることが背景にある。
ロックダウンではすべての公共移動手段の運営を停止し、特別な理由なしに武漢から離れることを禁じた。また、市民生活に密接な関係のある食料品の仲卸・小売り機能を持つ農貿市場も相次いで閉鎖した。約400か所の農貿市場が市民生活の7割以上の食料品を供給したが、その農貿市場の閉鎖で食料供給が一時マヒ状態に陥った。
武漢市のロックダウンを受け、全国各地でも厳しい人の移動制限を強いられた。東北地方の筆者の友人は、「地獄だった」と当時を振り返る。2月中旬、二人の小学校の子どもが韓国旅行から帰ってくるやいなや家族が「監禁」されたという。自治体が隔離を徹底的に管理するため、帰国初日から出入りの確認、ドアに封印の紙を貼った。そして、自治体の職員や警察、ボランティアらで作るチームが毎日、病状や生活に必要な食料、生活ごみの処理を代行した。問題がなければ、変わった日付の封印の紙を張り替える。これが14日間続いた。勝手に封印の紙を破った場合は厳しい罰則をされるという。
こういった強硬策が効果を上げ、4月8日、武漢のロックダウンが解除された。中国各地からの移動制限を緩和し、経済も市民生活も徐々に正常化に向かい始めた。
しかし、世界的には新型コロナウイルスのまん延が止まる気配がない。3月11日、WHOがパンデミックを宣言した。それから、丸5か月、8月12日現在、世界で2016万2474人が感染し、73万7417人が死亡した。国連の2019年人口統計を基に、人口1万人に対する感染者割合、死者の割合をみると中国が格段に少ない。
そこで、食料を中心に中国の被害状況や対策を改めて確認したい。
新型コロナ禍の被害
▼農産物の生産、流通の停滞
中国各地では、ロックダウンや移動制限で、農産物産地では、収穫期を迎えた多くの農産物が収穫できなかった。収穫したとしても流通できず、多くの在庫が生じた。例えば、秋冬青果物の最大産地の南部の広西壮族自治区では2019年、秋冬青果物の栽培面積は約100万haで、全国各地の野菜生産量は2200万t、果実2060万tを見込んだ。しかし、新型コロナウイルスの影響で、出荷できず、その多くが在庫となり、価格も暴落した。
半面、新型コロナウイルスの震源地の武漢市には、青果物が届かなかった。武漢市の車ナンバーは、他省に移動しにくく、他省の車両は湖北省、特に武漢に入りたがらないことが背景にあった。各地域で厳しい移動規制を進め、湖北省、特に武漢市から帰ってきた業者に対し、2週間程度隔離するからだ。
▼輸出にも支障
移動制限などで、輸出港には輸出・輸入の冷蔵・冷凍コンテナが一時、急に集中し、必要なコンセントが足りなかった。そのため、充電できず商品価値が著しく落ちるケースも相次ぎ、輸出量も急減した。
特にロックダウン中の食料においては、中央政府は市長責任制を命じ、各市の必要な食料は市長が責任をもって調達することを強調した。そのため、輸出産地であっても、地元への供給を優先し、輸出向けを後回しした。
中国産果実及び野菜の日本の輸入量からも、その実態がうかがえる。武漢市は、4月8日にロックダウンを解除した。日本の貿易統計によると、その間の1-4月の中国からの輸入量は、59万tと前年同月比6%減となった。特に、ロックダウンの影響をもろに受けた2、3月の輸入量は、前年同期比13%減の25万tと、直近10年間の同期間中の最低値を更新した。
新型コロナ禍の克服対策
▼在庫農産物の販売を支援
中国の広西壮族自治区では、新型コロナ禍で在庫となった農産物を販売してくれる業者を支援した。例えば、同区のカンキツは従来、本格的な出荷時期の1~4月で出荷数量は280万t。しかし、新型コロナ禍の影響で、2月中旬になっても、270万tの在庫を抱えていた。価格も前年同期に比べ24%安くなった。
そこで、同自治区の一部の地域では、地域に来る仕入れ業者を促す支援策を打ち出した。政府が(1)カンキツを購入する業者に対し、指定ホテルの滞在費用の全額を負担(2)販売量1000t以上の卸売業者に対し、1t当たり20元(約300円)の奨励金を支給し、カンキツの在庫削減につなげ、農家の所得増大につなげた。
南部の海南省でも在庫削減策に取り組んだ。同省は温暖な島国で、周年栽培が可能で、様々な青果物を栽培し、大陸に移出した。しかし、新型コロナ禍の影響で、春節期間(1月23日~2月3日)中の移出量は例年の4割減り、価格も同2割安くなった。そのため、同省は、外部の卸売業者が同省の農産物を2月末まで仕入れた場合、1t・1km当たり0.2元(約3円)の運賃を支給した。
▼穀物の自給率向上に力
中国では、米の主力輸出国のインドやベトナムで輸出規制を進めたことを受け、米の増産に力を入れた。年間250万t以上の米を輸入するだけに、インドやベトナムなど米の輸出大国の相次ぐ輸出規制に反応した形となった。特に、最大輸入先のタイの干ばつによる減産も念頭にある。
具体策の一つが早生と中晩生のインディアカ米を中心とする二毛作の推進だ。政府はこれまで、価格支持政策で米の増産をけん引した。米の市場価格が政府が定めた最低買い取り価格を下回った場合、政府が買い取る仕組みで、農家の米の安定生産を支援した。早生インディカ米の場合、最低買い取り価格は、1kg当たり37.3円と昨年に比べ0.3円高と、4年ぶりに引き上げた。
また、35.7億元(約550億円)の支援金を設け、二毛作の基本となる輪作体系の構築などを支援した。中国現地報道によると、今年の早生稲の栽培面積は、前年に比べ470万ムー(31万ha)増え、7年連続減少から脱出した。
中国の上半期の農業状況
武漢市の新型コロナウイルス患者の確認から丸8か月、中国は、確実に社会安定を取り戻しつつある。中国の国内総生産(GDP)は、第1四半期(1-3月)には、マイナス6.8%だったが、第2四半期(4-6月)には、プラス3.2%となり、上半期全体のGDPは、45兆6614億元(約685兆円)と前年同期に比べ1.6%減となった。そのうち農業は、前年比1.1%増の2兆7305億元(約41兆円)。
上半期の農産物貿易では、穀物の輸入量は前年同期比33・9%増の1260万t、輸出量は、前年同期比8・6%減の156万t。牛肉の輸入量は、同42.9%増の100万t、豚肉は1.5倍増の207万t、粉ミルクは同2.9%減の75万t。
中国が新型コロナ禍を克服する中で、あまりにも厳しい移動制限や隔離措置、相次ぐ企業倒産などで不満の声が上がった。しかし、大混乱なく危機を乗り越えたのも事実だ。現地報道によると、その成果に対し、習近平国家主席は「わが国が始終社会安定を保つことができたのは、穀物と重要農副産物の安定供給とかけ離れない」と指摘したようだ。常に「手に糧があれば、心が乱れない」を口癖に、穀物自給率95%以上を維持する食料政策を進めたことが奏功した形となった。新型コロナ禍中でも、食料への日本のリーダーと違う志が確認できるのではないだろうか。(フリーライター・森泉)
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