農政:迫る食料危機 悲鳴をあげる生産者
【迫る食料危機】集落営農の崩壊の懸念も JA単独の対策に限界 JAグリーン近江・大林茂松組合長2022年9月1日
コロナ禍による消費低迷に加え、ロシアがウクライナに侵攻してから半年が過ぎた。生産資材は高騰が続き、生産現場は存続の危機に直面している。穀倉地帯の特色を生かして集落営農に取り組んできた地域でも、この状況が集落営農の崩壊につながりかねないと危機感を募らせている。滋賀県のJAグリーン近江の大林茂松組合長に寄稿してもらった。
JAグリーン近江 大林茂松 組合長
JAグリーン近江管内は琵琶湖の東部、滋賀県屈指の穀倉地帯であり近江牛の故郷でもある。
東に鈴鹿山系西には日本一の琵琶湖、そんなのどかな農業地帯が長引く新型コロナ感染症、ロシアのウクライナ侵攻、極端な円安等の影響による消費の減退と肥料・飼料・粗飼料等の価格高騰により状況が一変した。
集落営農法人の経営危機
JAグリーン近江では30年ほど前から水田農業経営の赤字が膨らみ農家の高齢化が進み後継者がいないことから、水田農業の担い手として集落営農を育成し、また組織の法人化を進め、今日までに140余りの集落営農法人を設立してきた。また、その法人とはJAも組合員として出資し法人もJAの組合員として出資をしてもらい、お互いがパートナーシップをもって連携を深めながら所得の向上を目指し、法人経営の改善を進めてきた。
米・麦・大豆主体の経営からコメに代わる高収益作物への転換も進めており、GAPの団体取得による有利販売や加工野菜、花き、施設野菜なども増加してきた。
そんな集落営農法人の喫緊の課題は、つい昨年までは後継者問題であり、法人の中には集落営農を開始してから20年以上が経過し、次の世代にいかにバトンタッチするかであった。
しかしながら、前述の通り大きく状況が変わった。
JAが実施した令和3年度のある集落営農法人(60ha規模)の経営分析によれば、米部門では経常赤字、麦部門は単収向上による助成金増加で収支は黒字安定、大豆部門についても黒字を確保という結果が出た。
米については令和3年産米の価格下落による影響が大きく出てきているが、肥料や燃料、電気料金の高騰は令和4年産米から大きく影響してくる。
令和3年度生産部門別決算(令和3年1月~令和3年12月)における主要作物別結果は、米販売収入3,900万円 生産費5,000万円 差引利益▲1,100万円 麦販売収入2,390万円 生産費2,100万円 差引利益280万円 白大豆販売収入800万円 生産費690万円 差引利益110万円 黒大豆販売収入960万円 生産費780万円 差引利益180万円(販売収入には助成金を含む)(生産費には人件費<従事分量配当分>)も含む)となった。
令和4年の赤字金額は倍以上のおそれ
トータルしても利益は▲530万円で10アール当たり8,800円の赤字である。この数字は令和3年の結果であり、令和4年は肥料・農薬・燃料・電気料金など高騰の影響がプラスされ、このまま推移すると赤字金額は倍以上になるだろう。(人件費をゼロにすれば収支均衡になるが)
国の肥料高騰対策によるコスト上昇分の7割助成はありがたいが実質助成額は5割ほどだ。それに滋賀県では早くから環境こだわり農業に取り組んでおり、多くのほ場で化学肥料の使用率は慣行の50%まで削減してきているのでこれ以上の削減は非常に難しい課題である。
また、コメ価格の回復も期待できず燃料・電気代や他の生産資材等の高騰もある中、肥料価格対策だけで、黒字に戻れるのか大きな疑問が残る。
米価の下落に対しては収入保険やならし対策があるが、今の水準の米価が長期化すると、基準収入自体が下がるため、補填されなくなる。JA独自の試算では令和6年までこの水準の米価か続くと令和6年には補てん額がゼロになり、さらに令和4年より肥料価格が上昇するので、10ha規模の生産者(家族経営)で所得は令和6年にはわずか80万円にまで激減する。
つまり収入保険制度はあくまで収入を担保するものであり所得補償ではないので、肥料高騰のようなコスト高に対応していない。コスト高騰による所得減少をカバーできる仕組みは何もない。
このままでは集落営農法人の経営はもうもたない。農家がそれぞれ出資し共同で運営している組織が赤字で従事分量配当もなければ当然農家は離れて行ってしまうし、離れていった農家には農機具も何もない。こんな状況になったとすれば次の世代の後継者にバトンタッチどころか集落営農そのものの崩壊にもつながりかねない。集落営農法人には多くの農地が集積されており、代わる担い手はもういないのである。
相次ぐ酪農家の廃業 飼料代が生乳販売額上回るケースも
管内の和牛平均枝肉価格は4月138万円/頭、5月131万円/頭、6月128万円/頭、7月128万円/頭と通常7月後半は肉の需要期で枝肉価格も上がるが、コロナ化で牛肉消費も低調である。
飼料価格も高騰し経営は非常に苦しいが、牛マルキンの発動はない。苦しい時にこそ発動を期待するが、どうも生産費の算定で地域格差があり、実情に合っていない。
今年になって管内酪農家21戸の内3戸がすでに廃業、1戸が廃業を予定している。廃業予定の農家には後継者がいるのに、借金が大きくならないうちに廃業するという。原因はやはり飼料や粗飼料の高騰と、生産コストの増加に対応しきれない乳価にある。
酪農は肉牛と違い牧草などの粗飼料が多く必要なために飼料・粗飼料合計で見ると肉牛では1.3~1.5倍の高騰であるが、酪農では1.5倍~2倍と高騰の影響が大きい上に、配合飼料には価格安定制度があるのに対して粗飼料には同様の制度がない。
特に30頭以下の中小規模の農家では毎月の生乳販売額と飼料代が同額もしくは飼料代が上回っているし、またそれ以上の規模でも経営状況は赤字になりつつある。
国は飼料のコストを下げるために稲わらを活用しろというが、稲わらは繊維質が豊富だが栄養価が低く、その低い部分を配合飼料で補わなくてはならないので余計にコストが高くついてしまうことになる。そこでWCSを増やしてきたが最近ではラップや綿ネットなどの資材価格が高騰しコスト高につながっている。
また国は輸入粗飼料の置き換えとして水田を活用した牧草の作付けを推奨しており、中長期的にも自己所有地、借地等を活用し青刈り作物等を栽培することを推進しているが、水田活用の直接支払交付金の戦略作物助成単価は、WCS用稲が10a当たり8万円であるのに対して飼料作物は3.5万円(多年生牧草で収獲のみを行う場合は1万円)であり、作付転換を誘導するには不十分だ。
さらには、今後5年間で一度も水張り(水稲作付)が行われない農地は、27年度以降交付対象としないことや、飼料用米などの複数年契約は、22年産から加算措置の対象外、20、21年産の契約分は10a当たり6000円加算に半減するなど政策がかみ合っていない。
JAで数々の支援もJA単独では限界も
生産者の窮状を伝え、国の政策に対する問題点や現場からの要望等も述べてきたが、農家に出かけて行くと必ず、「JA何とかしてくれ、支援を頼む」という話が出てくる。みんなJAが頼りなんだなとつくづく思うし、今ここでJAが頑張らなければ「何のため、誰のためのJAなんだ」という事になる。
JAグリーン近江では以前から災害を始めとする様々なリスクに対応するためにリスク積立金を毎年積み立ててきた。
コロナ禍による米価の下落やロシアのウクライナ侵攻による飼料・肥料・燃油等の高騰を受けて、生産者には今年の春、積立金より総額1億円の支援を実施した。
米に6,500万円、野菜等特産に2,000万円、畜産に1,500万円、総額1億円に上る。
だがそれ以降も状況が好転することもなく、肥料・飼料等の高騰が続き益々厳しさが増している。
現在実施している対策は自前配合工場による飼料供給からくみあい飼料との連携による大ロット、直接供給に切り替えることにより価格を抑えたり、土壌診断結果に基づく施肥設計や早期・自己引き取りで価格を抑えたり、集落営農法人との連携による自給飼料の栽培拡大や耕畜連携などを進めている。
また、リスク積立金による更なる支援も検討している。
このようにJAとして数々の対策を講じてきてはいるが、これでだけで生産者の窮状は改善できない。どうしてもJA単独で出来る事には限界がある。
食料安全保障は、農業者のみならず、日本国民にとっても重要課題であると共に国民にとって欠かすことのできない食の安定を守るという観点から、国の積極的な関わりや支援が必要である。
向かい風に立ち向かおう
当JA管内の農地利用状況は冒頭にも述べたように、県下最大の穀倉地帯であり、耕作放棄地も少なく、水田率は90%を超えている。
条件のいい水田は畑にもなるし田んぼにもなる。米も麦も大豆も野菜も牧草もとうもろこし等も作れる。
また県下最大の畜産地帯でもあるので家畜堆肥も近くに豊富にあり、また牧草やとうもろこし等を栽培しても近くにそれを食べてくれる多くの牛や鶏がいる。このように近くで耕畜連携することでコストがより安くなり、お互いメリットも生じる。この地の利を生かし出来ることはたくさんある。
いずれにしても鍵は経営が維持できること、つまり所得の向上だ。
農業にとって現在の状況は正に向かい風であるが風車は追い風では回らない。向かい風でしか回らないし風車が回ればそこには必ずエネルギーが生まれる。向かい風が吹かなければエネルギーは生まれないし、向かい風が強ければ強いほど大きなエネルギーが生まれる。
今風車を回さなければいつ回すのか。こういう大変な時こそみんなが力を合わせて向かい風に向かい風車を回そうではないか。
このことにJAグリーン近江として組合員とともに全力でエネルギーを注ぎ取り組みたい。
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