「農業者は神様です」という農政へ2017年2月27日
以前、「お客さまは神様です」といって、喝采を浴びた歌手がいた。浪花節で鍛え上げた美声の持ち主の、三波春夫である。
歌手という職業は、聴衆の一人一人を神様のように見立て、歌というサービスを生産し供給する、という崇高な社会的使命がある。この使命を果たしたことに対して、神様である聴衆から褒美として報酬を戴いている。そのことを表した名言である。
この言葉は、経済学でいう「消費者は神様だ」と同じで、市場経済の大原則である。これは、先人たちが数千年の長い歴史のなかで作り上げた消費者主権の考えで、経済民主主義の根幹である。
市場経済には、生産の無政府性や、労働者への低賃金の強制など、いくつかの問題はあるものの、これに優る経済組織は、今のところない。社会主義の中国でさえも、社会主義市場経済といっている。
だが残念なことに、農業は違う。この経済民主主義が圧殺されている。
農作業中の事故死について考えよう。その大半は農業機械が係っている。
農業機械の使い手、つまり消費者は農業者だから、農業者は神様である。農業機械メーカーは生産者だから、その消費者である農業者を、神様として崇め奉らねばならない。だが、そうしていない。崇め奉るどころか、神様に対して畏れ多くも説教を垂れている。そればかりか、いまの農政は、この逆のことを黙認し助長している。
この農政は正さねばならない。そして、経済民主主義を復活し、消費者主権を回復しなければならない。農業機械は凶器にもなる。だから、農業者の生命に直接かかわっている。事は重大である。
上の図は、農作業中の事故死の数を、建設業の事故死の数と比べ、1971年を100にして、43年間の推移をみたものである。
この図から明瞭に分かるが、建設業では顕著に減少している。2015年には14.1にまで減っている。44年前と比べて、実に7分の1にまで減っている。それにひきかえ、農業ではこの43年間、ほとんど減っていない。
農作業中の事故死のうち農業機械に係るものは66%で、大半を占めている。農業機械も建設用機械も、同じような機械である。それなのに、事故死は建設業では激減しているが、農業ではほとんど減っていない。
いったい、どうしたことか。
◇
農水省も傍観しているわけではない。安全対策に力をいれて、音頭をとっている。だが、効果は上の図でみたように全くない。惰性でやっているとしか思えない。根本的な反省をしなければならない。
農水省の安全対策の内容をみると、機械の使用法をよく知っておくこと、作業に注意を集中すること、それと、いざという時に備えて保険に入ること、くらいしかない。
神様のお告げであるメーカーの使用法を、畏んでよく聞きなさい、聖典である使用説明書を、よく読みなさい。そして、その通りに注意深く実行しなさい。そして、もしものことがあっても親族が困らないように、保険に入りなさい、というだけである。御座なりというしかない。
御座なりというだけではない。これでは、機械の消費者である農業者、つまり、本当の神様に向かって説教を垂れているに等しい。
ここには、建設業で事故死を劇的に減らした教訓が生かされていない。
◇
1つは、技術の問題である。機械の使い方が悪い、というのは技術者のいうべきことではない。そんな技術者は、技術者の風上にもおけない。悪い使い方で使ってしまうような機械を作ったことを、謙虚に反省すべきである。そうして、改良すべきである。
使用説明書を隅から隅まで丹念に読む人は、ほとんどいない。農業者は高齢になっているから、注意力は衰えている。そうした使用者、つまり神様が安全に使えるような機械を作ることが、技術者に与えられた使命である。
技術者が、そのような機械を作ることに成功すれば、世界が高齢化するなかで、その先端をきった技術が生まれるだろう。技術革新の旗手になるだろう。
「消費者は神様だ」とは、このことを言っている。
◇
もう1つは政治の問題である。建設業では、どのようにして事故死を減らしたのか。
聞くところによれば、1人でも事故死を出した業者は、廃業せざるを得なくなる。それは、国や県や市町村などの行政機関が発注する建設事業で、入札資格を剥奪されるからである。
これは、機械の技術改良の問題ではない。社会制度の改革の問題である。
農業でも、建設業での、この教訓に学んで、1人でも事故死を出した農業機械メーカーは、破産するような厳しい制度を作らねばならない。
事故死に備えて保険に入りなさいという前に、事故死を起こさない社会制度を作らねばならない。
これは、政治に課せられた問題である。
(2017.02.27)
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