JAの活動:米価高騰 今こそ果たす農協の役割を考える
農協は振り出しに戻ること 危機の時代こそ本領発揮を 京大人文科学研究所教授 藤原辰史氏2025年7月11日
米価高騰の背景と農協の役割を改めて考えようと企画した本シリーズ。京大教授の藤原辰史氏は、歴史の転換点になぜ協同組合が生まれたかを問うことから、危機の時代に食と農を守る農協の役割を考えるべきだと提言、「米騒動は、本当の意義を取り戻すための苦い薬」と指摘する。
京大人文科学研究所教授 藤原辰史氏
市場経済と対峙 互助の叡智示せ
【問題】農業協同組合の本懐はなにか。農協役員全員が答案を作成し、それを本紙HPで公開、読者の批判も公開することを提案する。私ならこう書く。
今年2月に農林中金が外国債の運用失敗で1兆8078億円の赤字を出したと聞いたとき、大いに失望した。ふつうの銀行だったのか、と。私の実家である小規模農家も含めて、すでに高齢に達した農家が必死に暑い夏に農協から購入した農薬と肥料を散布して、塩を舐(な)め舐め、水をがぶ飲みして草を刈って、でも結局体が動かなくなって病院に運ばれて、元気になったらまた草を刈って、収穫して、乾燥して、農協に納めて、わずかながらに懐に入ったお金を孫にわたして、それでも残ったものを貯金したお金が原資なのだ。なぜ、もっと預金者は怒らなかったのだろうか。農民のための銀行なのに。
どれほど地元の農協で志ある人間が若者たちと有機農業や地産地消運動を試みようとも、統合され大きくなった管轄地域を歩き回っていても、農協とその関連の組織が、ふつうの会社になり、そこで働く人がスーツで武装した東京のふつうのビジネスマンであることに甘んじている中で、こんなことを想定できなかった、と言えば嘘(うそ)になる。農協グループ全体の根本思想が根源から変化しないかぎり、また同じことが繰り返されるだろう。
そこに米価高騰がやってきた。農村はにわかに活気づいた。けれども、都市部の貧困層は日々の食費高騰に苦しんでいる。電気もガスも水道も止められる。そんな貧困層でも農業に挑戦できる環境を資金を投じて整えるよりまえに、農林中金は、農家の増えた分の収入を、やっぱり運用に回すのだろうか。いや、これを機に1899年に戻るべきではないか。なぜ、世紀転換期の世界資本主義の躍進と農村へ市場原理が洪水のごとく襲った時代に、日本やドイツの農業では、株式会社化の推奨ではなく、産業組合(農協の前身)という方式が1900年に導入されたのか。ここで「振り出し」に戻る。
産業組合法制定に関わっていた農政官僚で、のちに日本を代表する民俗学者となる柳田國男は、1902年に刊行した『最新産業組合通解』でこう述べていた。「産業組合とは同心協力に由りて、各自の生活状態を改良発達せんが為に、結合したる人の団体なり。現時の社会に在りては、孤立独行の不利益なることは、各人皆然り」。
ポイントは三つ。「協力」と「生活」と「非独行」だ。「金」という字はどこにもない。そんな昔のことを言ってもしようがない、時代は変わったんだ、と言う浅はかさは避けたい。経済の基本的骨格は、たかだか120年程度で変わらないのだから。
柳田が言うように、産業組合とは本来、小規模農家の「生活状態を改良発達」するために発明された人類の叡智(えいち)のはずだった。小規模農家は二つの変動に左右されやすい。市場と天候である。肥料が高騰すれば、一戸一戸の農家では太刀打ちできなくても、共同購入して価格を下げる。誰かが失敗したときは、共同販売でその不運な人を(もしかしたらやる気がなかったからかもしれないにしても)、助けてみせる。現在の農協も、政治圧力団体でも投資機関でもない。ましてや、都市銀行でも保険会社でもない。近くで植物や動物を育てて生きている人たちの互助組織にすぎないのだ。金融部門も保険部門も本来その目的のために設立された。ふつうの会社なら、生き残る必要はない。だから、都心部の建物の人たちではなく、地域の農協のアクティヴィストたち、とくに女性たちの意見をもっと運営そのものに反映しなければ意味がない。中央集権的農協は端的に言って語義矛盾、地方分権こそが、農協の本質である。
根源的問題 目を閉じず
そして、近年、気温の上昇で作物の育ちに異変が起こっている。洪水の猛威にせっかくの田畑がやられる。そして、農協も含めて本腰を入れて取り組もうとしない気候変動はまちがいなく次の米価急騰と米騒動の原因となる。温暖化に強い品種改良が間に合うとは限らないし、そもそも担い手不足で、天候の変動に柔軟に対応できる技能の伝達も難しくなっている。ここでこそ、農協の出番だ。「利益」よりも「助け合い」を重視する資本主義社会のハグレ集団らしく、気候変動による環境変化に向けて十分に蓄えておき、新規就農者たちが有機農業の「実験」を安心してできる環境を整えるべきだろう。
それだけではない。「私益」よりも「共益」を重視する特殊な組織なので、水質汚染や気候変動の原因である化学肥料や農薬を使わない農業にいち早く転換できるよう全力を尽くしておくのが普通である。水俣病歴史考証館に黄色い「くみあい肥料」の袋が置いてあることを知っている農協関係者はどれほどいるだろうか。化学肥料の企業が水俣病の加害者ならば、その使用者も加害者の一部である、と展示から学ぶことができる。
化学肥料も農薬も、原料は化石燃料であり、それを生産するには膨大な電気が必要であり、その電気も化石燃料で発電するのだから、近代慣行農法は、温暖化を止めることはできず、後押しする。しかし、グローバル化学企業の図体は大きいので、簡単には動けない。フットワークの軽い農協はなぜ専門の有機農業研究所をつくらないのか。本来ならば、株式会社よりも素早く、倫理的にかつ先鋭的に振る舞える組織であったはずだ。
ロシアがウクライナに侵攻して以降、化学肥料も化石燃料も高いままで、農機具には燃料が必要だ。生産費高騰はとまらない。耕作放棄も増える。労働市場からドロップアウトした人びとはますます生活が苦しくなる。農業にせよ、貧困にせよ、日本の根源的問題はなにも解決されていないのに、突然、備蓄米が放逐されて、急にみな騒がなくなる。
永田町界隈の、世界基準からすれば一周遅れの新自由主義者たちは、もちろん、そのような農業も農協も民営化し、輸出だけではなく、資材の輸入も含めて世界市場に開いていくことを頭に入れている。だが、いまなお農業は市場になじみにくい産業の最大手だ。気候変動の影響も受けやすい。繰り返すが、この危機の時代こそが、農協の出番だったはずだ。だって、危機の時代の申し子なのだから。
無償の太陽光をわざわざ遮ってビルのなかで作物を育てるのはエネルギー効率が悪すぎる。培養肉の普及で培養液の独占企業が支配する。過去に目を閉ざすものは未来にもまた目を閉ざす。今回の「米騒動」は、農業の意義を市民が考えてくれるようになった農協の僥倖(ぎょうこう)などではなく、その本当の意義を取り戻すための苦い薬として、かみ締めるべきだろう。
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