(443)矛盾撞着:ローカル食材のグローバル・ブランディング【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年7月11日
「こうなってほしい…、でも本当になったら大変…」という微妙な気持ちを「矛盾撞着」(むじゅんどうちゃく)という。ローカル食品を海外で沢山売りたい、でも、注文が殺到したら困る──そんな心情に似ているかもしれません。
「矛盾撞着」のうち、「矛盾」は有名である。原典は中国古典『韓非子』である。昔、漢文で習った人も多いであろう。「以子之矛、陥子之盾如何」(子の矛を以て、子の盾を陥(とお)さば如何)、という有名な下りである。
一方、「撞着」は2つの異なる考え方がぶつかるという意味だ。「撞着語法」などの形で用いられる。そういえば昔、言語学で「オクシモロン(oxymoron)」という単語を学んだ。アマルティア・センの名著『合理的な愚か者』ではないが、「明るい闇」「賢い愚者」のような使い方である。
この「矛盾撞着」を英語で言うと、self-contradictionとなろうか。現代日本語なら「自己矛盾」の方がわかりやすい。
さて、一般に日本の食材を世界で販売するのは大変良いと考えられている。和牛や抹茶などは、その成功例である。日本の和牛は高級ブランドとして知られ、海外の高級レストランでも人気がある。また、抹茶は「茶道」に関心が無い外国人にも、スイーツやドリンクの素材として広く親しまれている。今後は、海藻類(わかめや昆布、海苔など)も、世界のマーケットに拡大していくことが期待されている。
こうしてうまく普及した食材は代表的な成功例だ。この他にも、高知や徳島の柚子などの果物や、奈良漬け、たくあんなどの漬物は、発酵食品としての価値が評価され認知がひろがりつつある。
海外のローカル食品の成功例を見ると、メキシコ産のローカル果樹であったアボガドは今や広く普及している。カリフォルニア・ロールというアボガドの巻き寿司は今や、米国西海岸などでは当たり前の食品である。トリュフは、フランスやイタリアの高級食材だが、産地の特徴を生かしたブランド化が進展しているようだ。
この他にも、北アフリカのクスクスや、南米のキヌアなども今では広く知られている。クスクスはアフリカ料理には欠かせない。パスタに適したデュラム小麦の粗挽粉から作る粉(セモリナ)であり、世界中で人気がある。キヌアは、南米アンデスの耕地で栽培され、栄養価の高さからスーパーフードとして知られている。
さて、冒頭の「矛盾撞着」のような話だが、世界市場で急速にニーズが拡大した場合、稀少な食材が最初に直面するのは、自然条件や生産技術に関わる制約である。ニーズは急速に増加する可能性があっても、生産物は容易ではない。無理に増産すると、品質が低下し、せっかくのブランド価値を損なうことになる。はちみつや和牛の例を出すまでもなく、純正品の生産量の何倍もの類似品・偽装品が流通することは、ブランドを棄損するとんでもない迷惑行為であり、許しがたい。
いずれにせよ、世界市場に出すためには、鮮度を保つための冷蔵・冷凍輸送の体制(いわゆるコールド・チェーン)が不可欠である。地域内消費に比べ、さらに高い次元での鮮度保持が求められる。また、需要の急増に対応するために、過剰な採取や栽培・生産拡大を実施すると、環境負荷を拡大する。ここで持続可能性という問題が生じる。
こうしたことを考えていくと、稀少価値を伴うブランドを維持しつつ、適正な価格を備えたまま品質管理を徹底し、持続可能な形で輸出を継続することは、「沢山売りたい、高く売りたい」という焦る気持ち、自己矛盾との闘いになる。
「急がば回れ」ではないが、一気に世界をめざすのではなく、対象となるターゲット市場を絞り、少しずつ、時間をかけて着実に拡大していくことが、産地に無理を課さない現実的な方法であろう。
「食べたい人」は沢山いても、「作る人」は限られているのが、こうしたローカル食材だからだ。
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