【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(151)複雑さと簡単さ、そして「書く」2019年10月11日
コラムは「原稿を書く」とは言うが、実際に「書いた」ことは一度もない。考えを全てパソコンで打ち込む。日常生活ではもう何年も実際に自分でペンを取り文字を書く作業がほぼ消滅している。実際に「書く」のは役所に提出する各種様式の住所・氏名・電話番号、そしてゼミの学生相手の添削くらいである。
かつての日本では「読み・書き・そろばん」と言われ、筆者もその3つを子供の頃からやらされた。半世紀を経て残っているのは多少の暗算の能力、「手書き文字」の良し悪しを見る能力、そして文字を読む能力くらいか。最後の「読む能力」はこの職業には必須のため残ったのかもしれない。同年代の多くの知り合いは、もはや「本」そのものを何か月も読まないことが珍しくないというが、多忙のため、読んでいる時間も無いのであろう。
それにしても、筆者は「物書き」の端くれのような仕事もしているが、「本当に」書くことは少なくなった。代わりにパソコンのキーボードを叩くか、携帯の画面をタッチすることで多くの作業が代替可能である。研究者は論文や報告書などを書くというが、これも現実にはほぼ全てがキーボードを叩くかタッチすると言った方が良い。
有名な作家の「手書き原稿」などが時々ニュースになるが、我々の世代以降は「手書き原稿」などそもそも存在しない世界に生きている。音声入力の自動翻訳機能が進めば、将来的には恐らく「書く」という行為そのものが特別な儀式のようなものになる可能性すらあるかもしれない。これに虹彩(瞳)と指紋による本人確認技術が加われば、署名という行為に芸術や儀式以上のどれだけの意味があるのかと恐ろしさすら覚える。
こうした感知技術は文系の筆者には全く理解できない高度技術の結晶である。ところが面白いことに、複雑な技術の結晶は意外なところで非常に原始的な機能が必要とされている。こんなことがあった。使用している携帯用パソコンの調子がどうもおかしくなり、常駐の技術のプロに見て頂いた。彼はパソコンの中身を徹底的に精査し、恐らくは原因と想定されるバグを発見して修正してくれたとともに、日々使用している筆者自身、全く気が付かなかった新たな物理的な機能不全も発見してくれた。
一旦、回復したパソコンを用いて作業をし、電源を切り、数時間後に再び使用しようとしたところまた調子がおかしくなった。2人であれこれ議論していた途中、素人考えで述べたある言葉に彼が反応し、一度、試させてほしいということになった。筆者自身は何もできないため頼るほかはなくお願いしたところ、30分ほどで完全に回復したパソコンが戻ってきた。
問題は、ソフトの不具合ではなく、パソコン内部のある特殊な形態の基盤の上に配置された部品の物理的な緩みによる接触不良があったという。それをしっかり治したところ、問題は解消したという話である。もちろん、パソコンの回路に不案内な筆者にそのような基盤の形が想像できるはずがない。だが、おかしくなった部位・機能と使用状況、そして不具合の経過と頻度を内科医の真似事のように推測し、原因はこの部分にあるのではないかと言ったところ、彼は筆者が想像すらできない基盤の形が閃いたとのことである。そこは流石にプロである。
今回のケースはその意味では共同作業と言えるかもしれないが、思ったところで治す技術の無い筆者には何もできない。技術があってもどこに注目したら良いかがわからなければ網羅的に「精密検査」をせざるを得ず、そうなると時間もコストもかかる。
「結果良し」、一件落着の本件は、現代社会の多くの問題と同様、表面上の複雑さ故に、簡単な解決方法を避け、無駄なコストと時間をかけて複雑化した結果、関係者が皆、疲労していく状態のひとつの解決策のような気がしてならない。単純なことを必要以上に複雑にしてはいけないし、複雑なことを単純にし過ぎてもいけない。
たまには、自分の手で文字を書いてみる。そうすれば、原稿用紙1枚に文字を書くのがどれだけ大変かということがわかる。...ということで、大学3年生のゼミ生には週3回自筆の意見文を提出させ、それを添削している。これは結構大変だが、やり抜いた学生は確実に力を付ける。筆者にとっても数少ない、リアルで「書く」作業になりつつある。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
【サステナ防除のすすめ2025】水稲の本田防除(1)育苗箱処理剤が柱2025年6月17日
-
【サステナ防除のすすめ2025】水稲の本田防除(2)雑草管理小まめに2025年6月17日
-
米 収穫量調査 衛星データなど新技術活用へ2025年6月17日
-
価格高騰で3人に1人が米の消費減 パンやうどん、パスタ消費が増加 エクスクリエの調査から2025年6月17日
-
備蓄米の格安放出で農家圧迫 米どころ秋田の大潟村議会 小泉農相に意見書送付2025年6月17日
-
深刻化するコメ加工食品業界の原料米確保情勢【熊野孝文・米マーケット情報】2025年6月17日
-
2025年産加工かぼちゃ出荷販売会議 香港輸出継続や規格外品の試験出荷で単収向上を JA全農みえ2025年6月17日
-
2024年産加工用契約栽培キャベツ出荷販売反省会を開催 旬別出荷計画の策定や「Z-GIS」の導入推進を確認 JA全農みえ2025年6月17日
-
和歌山「有田みかん大使」募集中 JAありだ共選協議会2025年6月17日
-
【浅野純次・読書の楽しみ】第110回2025年6月17日
-
転職希望者対象に「農業のお仕事説明会」 6月25日と7月15日に開催 北海道十勝総合振興局2025年6月17日
-
「第100回山形農業まつり農機ショー」8月28~30日に開催 山形県農機協会2025年6月17日
-
北海道産赤肉メロン使用「とろける食感 ぎゅっとメロン」17日から発売 ファミリーマート2025年6月17日
-
中標津町と繊維リサイクル推進に関する協定締結 コープさっぽろ2025年6月17日
-
神奈川県職員採用 農政技術(農業土木)経験者募集 7月25日まで2025年6月17日
-
【役員人事】ノウタス(6月17日付)2025年6月17日
-
「九州うまいもの大集合」17日から開催 セブン‐イレブン2025年6月17日
-
農薬出荷数量は1.5%増、農薬出荷金額は2.8%増 2025年農薬年度4月末出荷実績 クロップライフジャパン2025年6月17日
-
中国CHERVON社と代理店契約 EGO製品の国内販売を開始 井関農機2025年6月17日
-
鳥インフル ブラジルからの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2025年6月17日