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岸田「3A」内閣始動 巡り合わせ歴代農相【記者 透視眼】2021年10月5日

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岸田文雄首相率いる岸田内閣が4日、始動した。農相には初入閣で長崎選出の参院議員・金子原二郎と「意外」の人選となった。記者の〈透視眼〉からは、歴代農相との数奇な巡り合わせが見えてくる。(敬称略)

■約40年ぶり金子父子農相

歴代の農相を見ると、父子二代で務めるのは中川一郎、昭一以来だ。父の金子岩三は1982年11月から翌年12月まで農相を務めた。父親から約40年ぶりに二男の原二郎が農相となった。

役所内に語り継がれる父・岩三の「逸話」は農林官僚トップ・事務次官を巡るものだ。長崎・平戸出身の岩三は漁業関係者を代弁する水産族のボス。そこで水産行政には熱心だった。水産族で有名だったのは首相経験者・岩手の鈴木善幸。「東の善幸」、「西の岩三」が水産行政を牛耳った。善幸は45年前の1976年に、福田赳夫内閣で農相を務めた。

農林次官ポストは3長官のいずれか。だがほぼ筆頭格の食糧庁長官と決まっていた。農政とはコメであり、水田農業政策を差配する食糧庁長官が次の次官ポストに就くのは暗黙の了解だった。それに岩三は「ノー」を突きつける。当時の水産庁長官を次官にしようとしたのだ。結局、役所内部の抵抗と政治介入もあり予定通り食糧長官だった渡辺五郎が1983年7月に次官ポストに座る。

当然、息子の原二郎も水産行政には熱心だ。既にガット農業交渉を経て食管廃止、食糧庁自体が消えた。ただ待つのは、かつての食糧庁が絡むコメ過剰問題だ。これも歴史の巡り合わせか。

■長崎県知事時代にインタビュー

金子原二郎で思い出すのは、13年前の2008年、長崎県知事時代に単独インタビューしたことだ。当時、九州知事会の会長を務めていた。

迫りくる自由化の荒波。食料基地・九州はどうするのかを聞いた。やはり農業よりも水産に話が向く。そして農相を務めた父・岩三の話になるにはやむを得なかった。慶応大学文学部出身で、農林議員とは違った視点で農水産業振興を見ていた。ややシニカルに、しかし本質はとらえ、県庁の役人らに「従来の発想にとらわれるな」と語っていたのが印象深い。

中山間地、島嶼部が多い長崎は、平坦地が大半で耕地利用率が日本一である隣県の佐賀とは条件が真逆だ。平地が少なく長崎市は坂の町だ。県庁は坂を上がりきったところに建つ。旧長崎奉行跡地の史跡看板がある。高台からは長崎湾が一望できる。幕末の歴史の舞台である長崎の中で、異国船を監視するには好適地だったはずだ。県農政は、早くから輸入品が多い業務用野菜の県産野菜への代替に注目していた。外国と常に接していた長崎ならではの経営感覚もあったかもしれない。

■続いた「官邸農政」シフト

ここで最近の農相の顔ぶれを見よう、

◎最近の歴代農相(年月は就任時)
・西川公也 2014年9月
・林芳正  2015年2月
・森山裕  2015年10月
・山本有二 2016年8月
・齋藤健  2017年8月
・吉川貴盛 2018年10月
・江藤拓  2019年9月
・野上浩太郎2020年9月
・金子原二郎2021年10月

2014年から最近7年間の歴代農相を見ると、内閣改造のタイミングに合わせほぼ1年単位で代わっている。西川から江藤までは全て第2次安倍政権下の閣僚人事だ。憲政史上最長政権を裏付ける。野上は菅政権での任命だ。こう見ると、農協に理解のある自民農林族重鎮・森山を除き、農協改革の暴風雨が吹き荒れた「官邸農政シフト」だったことが分かる。

特に2014年に西川が農相になると、全中を標的とした農協改革が一挙に加速した。西川は「政治とカネ」で農相を退いてからも農林幹部として影響力を行使。翌2015年秋前後には西川を後見人として自民党農林部会長に小泉進次郎、農林官僚では長く経営局長を担い2016年6月からは事務次官となる奥原正明の、いわば「官邸農政シフト」が形作られた。「第二全農」までちらつかせた全農改革、現行指定団体制度の廃止に追い込んだ生乳改革など、〈農政改悪〉が加速していく。むろん、全体の陣頭指揮を執ったのは官房長官だった菅義偉だ。4日、その菅が率いた内閣が総辞職した。在任期間384日と1年あまりの短命に終わった。コロナに翻弄された無念の退場だろう。第100代の節目の首相となった岸田は、規制改革論議の在り方などの抜本見直しに言及している。果たして有言実行となるのか、注視していく必要がある。

■目立つ九州勢

最近の農相を見ると九州勢が目立つ。この7年、9人の農相でも森山、江藤、今回の金子の3人を数える。現在の事務次官は枝元真徹も鹿児島出身だ。大臣-次官ラインは九州出身となる。

九州は主力品目の畜産振興に熱心だ。鹿児島出身の森山は安倍、菅政権で国会対策委員長の激務をこなしながら市場開放下で国内農業保護に尽力し、畜産生産基盤の強化、和牛の牛肉輸出に力を注いだ。父子で畜産議員の江藤は、農相時に豚熱など畜産関連の疫病が直撃したが迅速なワクチン接種を決断した。

九州出身の金子も、当面はコメ需給問題に直面するが、畜産、水産と関心を広げていくはずだ。加えて環境、気象変動問題への対応も待ったなしだ。農水省は「みどりの食料システム戦略」を進めるが、本格的には2022年度予算編成を経て来春の22年度からだ。

■〈3A〉政権と農相ポスト

就任会見で岸田は、内閣布陣を「老壮青」バランスを念頭に「適材適所」を強調した。果たして岸田カラーはどんな色合いなのか。

やはり〈3A〉がつきまとう。安倍、麻生、甘利の自民3実力者の頭文字から〈3A〉と呼ばれる。一般には金融機関の格付け最上位のトリプルAを表わすが、政治の世界は「一寸先は闇」を泳ぎ切り、清濁併せのむ政治優等生の別称でもある。

政権は官房長官、財務、外務の3重要閣僚を細田派、麻生派、竹下派の振り分け、自身の派閥からは官房副長官に就けた。このうち財務大臣・鈴木俊一は先述した水産族のボス・鈴木善幸元首相の長男で、ポスト麻生派領袖とも目される。

一方で、農相ポストは自身の岸田派から。同派には現在、自民党のコメ政策責任者を務める元防衛相・小野寺五典をはじめ農林インナー3人を要する。この中でなぜ農政とあまり関わりのない金子だったのか。記者の〈透視眼〉からは、77歳での初入閣という配慮と、やはり岸田派で農相ポストを押さえるという岸田の意志も見えてくる。

(K)

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