【書評】今日からはじめる農家の事業承継ー2万人の後継ぎと考えた成功メソッド2023年2月4日
「農家はもうからないといわれているけど,もってるモンはもらってるってことを,一度,見せておきたくてね」。札束とともに発せられたこの言葉から、たけもと農場の事業承継の物語は始まる。著者の一人の竹本彰吾さんが代表のたけもと農場は石川県加賀平野、中世まで京都南禅寺の荘園であった得橋郷(とくはしごう)に位置する。彰吾さんの祖父である竹本平一さんはその経営体験から家族経営を経営の基本にすべきとの信念を持ちつづけ、農政への提言を行ってきたが、その孫がどのように父から農家を引き継いでいったのかが第5章に記されている。
今日からはじめる農家の事業承継ー2万人の後継ぎと考えた成功メソッド
このたけもと農場の事業承継の経験と、もう一人の著者である伊東悠太郎さんがJA全農時代に事業承継に取り組んだ経験、そして団塊の世代が75歳を迎える2025年問題とその結果としての大量離農時代を肌感覚として持っていたことが著者2人を動かし,「社会運動としての農家の事業承継」を目指すため本書が世に出された。
ところで農家の跡継ぎ問題は今に始まったことではない。むしろ他の産業に先駆けて担い手不足が深刻化したが、その対応は「農業経営継承」と称されてきた。しかし本書は「事業承継」という言葉を使う。それは伊東さんがJA全農時代に作成した『事業承継ブック』にルーツがあるためでもあるが,第1章ではその定義を示すのではなく、各経営体が事業承継を定義や意義づけていくことが重要とする。例えば竹本さんは「単なる作業の引継ぎではなく、ミッションや理念といった,だいじにしてきたことをどう伝承するかも大切」である一方、「後継者には自らのカラーを見つけ、生き残れるビジネスモデルの再構築」も大切なポイントとする。
事業承継は中小企業分野を中心に政策用語として登場したこともあり、税務や手続きの問題にフォーカスされることがままあるが、本書はそれとは一線を画し、改めて承継する価値とは何かを問いかける。そして竹本さんは単なる設備や農地だけではなく、技術やネットワーク、そして無形資産の奥まった個所、つまり多くの失敗談や工夫の蓄積などの積み重ねられた歴史という物語こそが承継する価値という。
その一方で、第2章や第4章では事業承継の課題の整理や、具体的なプロセスも提示される。興味深いのは個々の農家の事業承継のみならず、集落営農組織や同じ品目を栽培している部会の事業承継といった、いわば地域における農的組織の事業承継についても、その手順をフローチャートとして示している点である。評者が2019年に富山県庁とともに富山県氷見市、南砺市、朝日町で行った「地域の"なりわい"の現状調査」でも(農業には限らず)地域として残したいなりわい合計330のうち集落営農組織が47を占めるなどその関心の高さともマッチする。
ところで伊東さんは事業承継をバトンパスと表現する。そしてバトンパスする相手は子どもなど親族だけではなく第三者も対象となる。評者は「継業」という造語を創り、農業のみならず農山村のなりわいの継承を提唱し、田園回帰という地方移住の増加の中で移住者を想定して「バトンリレー」と表現してきた(『移住者による継業――農山村をつなぐバトンリレー』筑波書房,2018年)。そこで強調したのは「継がれる/継ぐ」という2者で関係を完結するのではなく、多くの地域の関係者が関わる重要性を指摘した。本書では特に伊東さんの経験をもとに、第3章で事業承継での支援者などの役割を具体的に記しているが、その点も評者の主張とも重なり合う。
本書のタイトルは「農家の事業承継」とあるが、個々の農家だけではなく農業という地域のなりわいをどのようにバトンパスをしていくのか、単なる手引書ではなく本質をも訴えるまさに社会運動への第一歩でもある。継がせたいひとも継ぎたい人も、そして周囲の人も自身の環境に合わせてカスタマイズしながら読み解いてほしい一冊である。
【書誌詳細情報】
著者:伊東悠太郎著・竹本彰吾著
定価:1,980円 (税込)
ISBNコード:9784259547806
発行日:2022/11
出版:家の光協会
判型/頁数:A5 224ページ
(筒井一伸・鳥取大学地域学部教授)
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日
-
キウイブラザーズ新CM「ラクに栄養アゲリシャス」篇公開 ゼスプリ2025年4月30日
-
インドの綿農家と子どもたちを支援「PEACE BY PEACE COTTON PROJECT」に協賛 日本生協連2025年4月30日
-
「日本の米育ち 平田牧場 三元豚」料理家とのコラボレシピを発表 生活クラブ2025年4月30日
-
「子実トウモロコシ生産・利活用の手引き(都府県向け)第2版」公開 農研機構2025年4月30日
-
「金芽ロウカット玄米」類似品に注意を呼びかけ 東洋ライス2025年4月30日
-
令和7年春の叙勲 JA山口中央会元会長・金子光夫氏、JAからつ組合長・堤武彦氏らが受章2025年4月29日
-
【農協時論】農政の基本理念と政策へのJA対応 宮永均JAはだの組合長2025年4月28日