迷走する食糧安保論議【森島 賢・正義派の農政論】2023年3月6日
緊急の世界的課題である食糧安保論議が、日本では迷走している。
WFP(国連世界食糧計画)は、いま、過去最多となる3億4900万人が飢餓に苦しんでいるという。これは、ウクライナ紛争と地球温暖化を原因にするものである。
しかし、日本の食糧安保論議には、緊迫感がない。餓死を想定した議論になっていない。その上、世界史的な視点がない。そして、平時の食糧の偏在を危惧しているだけである。
食糧の偏在などはどうでもいい、ということではない。だが、食糧安保問題は、食糧が偏在していて、富者は満腹で貧者は空腹、という問題ではない。それはそれで重要な問題である。だが、食糧安保問題とは問題の次元が違う。
食糧安保とは、食糧の国内での絶対的不足の問題である。国民が餓死するかどうか、という問題である。そして、地球規模の問題である。さらに、平時ではなく世界的な紛争時の問題である。
いま世界は、まさにその時期にある。日本の議論は、この認識を欠いている。だから、「安定的な輸入」などと呑気なことをいっている。
非常時には、食糧を他国に輸出して利益を得ようなどいう考えは、社会が許さない。だから、政治が阻止する。輸出禁止である。
日本には、この認識がない。だから、輸出を食糧安保政策の3つの柱の1つに掲げて、呑気に迷走している。
農政論者たちよ、目を覚ませ。
上の表は、食糧安保政策の1つの柱である農産物輸出の現状である。輸出によって食糧の国内自給率が何%増えたか、をみたものである。
この表をみると、全体で僅か0.31%しか増えていないことが分かる。これは、非常時のとき、農産物輸出を全て禁止し、その分を国内に供給しても、食糧自給率は0.31%しか大きくならないことを示している。つまり、現状の36,92%から37.23%に大きくなるだけである。その大部分は米によるものだが、それは0.23%にすぎない。米だけでみると36.92%から37.14%に大きくなるだけである。
◇
これが、1990年代から「攻めの農政」と太鼓をたたいて30年以上の間、喧伝し続けてきた政策の成果である。そして、いまの農基法で、食糧安保政策の3本柱の1つの柱にした農産物輸出政策の成果である。
なんと貧弱で哀れな成果であることか。
ここで誤解がないように言っておこう。農産物輸出、ことに嗜好品などの輸出、に反対しているわけではない。大賛成である。だがしかし、食糧安保政策の柱には位置付けられないことを指摘しておきたい。
◇
さて、食糧安保政策の評価を、食糧自給率の上昇という、たった1つの指標でみるのは、乱暴ではないか、という批判があるに違いない。政策は多面的に評価すべきだ、という批判である。
これを全面的に否定するつもりはない。だがしかし、政策の評価にも、いわゆるコスパ(費用効果分析)という指標がある。
これは、公共投資の効果を検討するときに、以前から使われているもので、市場経済の投資効果の測定方法から学んだものである。ある投資が、どれほどの投資目的を達成できるか、という指標である。
◇
いうまでもなく、食糧安保政策の目的は、非常時における食糧自給の確保である。それを平時から準備しておく政策である。だから、食糧自給率がどれほど向上したかは、食糧安保政策を評価するための最も重要で、最も基本的な指標である。
これを軽視すれば、事実に基づく科学的な政策評価は成り立たない。批判をするなら、一般的な批判ではなく、改良のための具体的な追加指標と、その測定方法を示して批判すべきである。
◇
2つの提案をしよう。
1つは、政府が過去1年間に食糧安保のためにどんな政策を講じたか、その結果、食糧自給率をどれほど上げたか、を毎年国会に報告することを、農基法で義務づけることである。
旧農基法では、農政の最重要目的が農工間の所得均衡だった。だから、その達成度を国会に報告することが、旧農基法に定められた政府の義務だった。
いまの農政の最重要目的は食糧安保である。だから、そのために講じた政策と、その成果として食糧自給率をどれほど上げたかについて、政府が毎年国会に報告する義務を負うことを農基法で定めたらどうか。
◇
もう1つの提案は、国産米でコメ粉パンとコメ粉メンを作り、学校給食に取り入れる政策である。
終戦直後には、米国産の小麦で作ったパンを学校給食に取り入れて、日本人の胃袋を改造しようとして成功した。こんどは、国産のコメ粉パンとコメ粉メンである。
そうすれば、小麦の輸入量を劇的に減らし、食糧自給率を大幅に上げることができる。
◇
農政論者たちは、迷路を彷徨している時ではない。危機的に少ない食糧自給率から脱出する方法について考え、提案する時である。
世界には飢餓の業火が迫っている。半鐘を乱打し、鎮火のために皆が心を合わせ、力を尽くさねばならない。
(2023.03.06)
(前回 ウクライナ紛争の即時終結を)
(前々回 翼賛化する報道)
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