1970年代の農村社会の異質化の進展と農業【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第299回2024年7月18日
質の違うものを比較することはできない。たとえば米と野菜の味を比較し、どちらがうまいかなどとはいえない。好き嫌いはあろうが、その良し悪しを客観的に判断することはできない。そもそも質が違うものだからである。
しかし、質の同じものは比較できる。たとえばどの産地のどの時期のホウレンソウがうまいかはある程度判断できる。そして差をつけることができる。
これは地域社会、農村社会においても同じである。
仙台の近郊に新しい住宅団地ができた。高級住宅街ということで地価が高く、そこを買ったのは大企業のエリートサラリーマン、弁護士、医者等であった。高給取りということでは共通しており、その点では同質社会が形成された。その子弟がそこに新設された小中学校に入った。当然子どもたちは親の言うとおりに一流大学、一流企業に入ることを目標とする。そうなると、成績が何よりも重視されるようになり、親はそれで子どもを評価する。それは子どもたちに反映し、成績という物差しでお互いを測るようになる。それで差別が生まれ、成績の悪い子どもは軽蔑され、いじめの対象となった。
かつての町にはそんなことはなかった。異質社会だったからである。
大工さんあり、八百屋あり、鍛冶屋さんあり、給料取りありだった。商店主は大工の真似ができず、給料取りは鍛冶屋さんの真似はできない。お互いにその機能を認め合うより他なかった。
それは子どもたちにも反映した。質の違うものを認めあった。たとえば、あの友だちはある分野が得意だが自分は別の分野が得意である、だからこの分野では自分がリーダーとなるが、あの分野では彼を尊敬してリーダーとし、自分はその下につくというようになっていた。つまり成績だけで差別したりせず、おたがいにその能力を認めあい、協力して子ども時代を過ごしてきた。もちろん「いじめ」はあった。暴力もあった。私などはいじめられた方だ。しかしその質が今と違っていた。
社宅や官舎(公務員住宅)の団地はさらに同質社会である。その結果、会社や役所における主人の地位が家と家の関係に反映され、社宅や官舎における家の上下の序列ができあがる。そして、ある部長夫人が巨人ファンであるとその部下の奥さんも巨人派となり、別の部長夫人が阪神ファンだとその部下の奥さんもそうなり(そうしないと、つまり嫌われないようにしないと出世できなくなる可能性があるからなのだが)、派閥が家々の間でも成立するという話すら聞く。それは子ども社会にも反映する。
違った職業の人の入るアパートなどでは、つまり異質社会では、こうしたことはあまり起きない。どういう地位の人が入っているのかなどは生活上問題とならないからとくに問題にしないのである。そこから対等平等の関係が生まれることになる。
かつての農村はほとんどが同質社会だった。地域に住む人はほとんど農家であり、農地に依存して生活し、ほとんど同じものをつくっていた。このように同質だからこそ、みんなで農業を維持しようということでむら内全員協力することができたし、また協力せざるを得なかった。
しかし問題もあった。同質であることから、所有面積等で農家間に差をつけることができた。しかもその差は所得水準、生活水準の差として目に見える。また土地面積の少ない農家は多い農家に雇用等で依存せざるを得なかった。そこから農家に序列が形成される。そして寄り合いで座る順序も所有面積で決まるようになる。こうしたなかで集落内に身分格差、いわゆる「家格(家の格式=家にそなわった伝統的な資格)、家柄」のようなものが生まれ、発言権にも差が出てくる。つまり非民主的な社会となる。
また、異質の職種が地域にあまりないので閉鎖的な社会となり、異質のものから学ぶことができないどころか、異質の抑制、たとえばこれまでと違う技術の導入を地域が抑制するというようなことも起こり、農業発展を阻害する場合もあった。
ところが、1960年代、高度経済成長期から、いわゆる農家の異質化、多様化が進んできた。
いろいろな職種の兼業に出る農家、他の職業について農地を貸し付ける農家、作業を頼む農家あるいはそれを受託する農家、野菜中心、養豚中心の農家等々、さまざまな形態の農家が存在するようになり、まさに農村は異質社会になってきた。そして、農地所有に生活水準が比例するという状況はなくなってきた。
そうなると、農地の所有だけで家の序列がつけられ、家格で派閥が形成されるということもなくなってくる。つまり、家格は遺物としてしか残らなくなったのである。
そして異質化は、他の職種を、またよその社会を、幅広くしかも身近にみることを可能にし、相互に尊敬しあい、機能を認め合うようにさせる。こうしたなかで、地域に住む人々の間の対等平等の関係、民主主義的関係が成立する。
こうして異質が許されるようになることから、農家によって違う農産物をつくれるようになり、それはまた新技術の導入を可能にし、農業を発展させる。
このように考えると、農村における異質化の進展は望ましいものということになる。
もちろん、問題がないわけではなかった。異質化は農業の発展にとって必ずしも好ましいものではなかった。とくに混住化は農業の発展の足をひっぱることすらある。
しかし、異質の地域住民が、異質化した農家が、それぞれの機能を認めあい、機能を分担しながら協力しあえば、地域農業の、また地域社会の豊かな発展は可能である。つまり、異質社会の良さを生かし、その問題点を共同協力で解決していくのである。
たとえば、地域のすべての農家がその能力に応じて地域内の営農の機能を分担し、家族協業と農家間の共同協力組織の双方の良さを組み合わせ、地域の土地、機械・施設等の物的資源と人々の多様な能力の有効利用を図り、さらにまた稲作・畜産・園芸等々への行き過ぎた経営の専門化単一化を是正して新たな段階の地域農業の複合化・組織化を進め、地域農業を一つのシステムのもとに計画的にいとなむことにより、農業の就業機会と所得の向上、担い手の育成確保を図り、豊かに生きていけるようにする。
これを地域の実情に応じて実践していく時期にきているのではなかろうか。
こんなことをあのころ(1970年代)主張したものだったが、地域農業の組織化は容易ではなかった。そしてみんな個々に機械・施設を導入した。
その結果が機械化貧乏であり、出稼ぎ・兼業化の進展であり、若者の農村からの流出であり、むらの解体だった。もちろん、農産物の輸入に基礎をおこうとする政財界、それに乗った都市住民の農業軽視がそれを引き起こした根本原因だったのだが。
20世紀末にも、またむらの見直し、新しい「むらづくり」運動なるものが政府の手で展開されるようになった。その時期はガットウルグァイラウンド締結による農産物の輸入の全面自由化が問題となったときだった。このように何かあると「むら」が引きずり出されるのだが、このことについてはまた後ほど論しることにしよう。
そして、ここで思いっきり話しを変え(気分も変え)て、さらにその昔(戦前・戦後昭和期、私の幼い頃)の村と街の境界地域の農家に生まれた子ども(村の子でもあり、街の子でもあった子ども)の暮らしについて話しをさせていただき、予測されている猛暑の夏を乗り切るこ一助とさせていただきたい(そんな文章が書けるわけもないのに、恥ずかしくもなくこんなことをよく書けるもんだ、これも筆の流れ、いや、年を食って鉄面皮の皮がさらに厚くなったせいだろう、ということでお許し願いたい)。
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