【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】酪農の地域循環圏の構築は可能か~全中・NHKフォーラムのために準備したQ&Aの概要2024年9月12日
Q 消費者には"危機"が実感できないが、酪農の現場はどのような状況か?
コロナショックによる牛乳需要の低下の一方で、ウクライナ紛争、異常気象の頻発、中国に「買い負け」る、などで輸入に頼る餌穀物価格が高騰し、消費減少とコスト高のダブルパンチに襲われ、円安が拍車をかけて、長期化しています。これまでは酪農家戸数が減っても残った酪農家が規模拡大して、全体の飼育頭数は増えていましたが、昨年、減少に転じました。
2022年の農水省の統計でも、酪農経営の平均所得はマイナス50万円、特に、規模拡大して酪農界をリードしてきた200頭以上の大規模層は、頭数平均が330頭ですが、平均で2100万円の赤字に陥っており、このままですと、子ども達に牛乳が十分に飲ませられなくなる恐れさえあると思います。
日本の酪農の発展には特質があります。アメリカなどからの大量のトウモロコシを安く輸入することで輸入飼料を前提にして牛の頭数を拡大して発展できました。が、今回のような世界的な穀物価格の高騰が起こると、経営難に陥るという宿命を負ったということです。
Q アニマルウェルフェアとは? 日本での浸透具合は?
アニマルウェルフェアとは、家畜を劣悪な環境で酷使せずに、できるだけ快適な環境で生活できるようにすることです。牛では、草原があり、ふかふかの寝床、自由に動けて、食べて、寝られる、という理想に近づけることです。目先の効率性だけで、牛を搾れるだけ絞って病気になって早く死んでしまうのは牛にも不幸だし、牛が健康で長生きできるように大事にした方が、牛が最大限の力を発揮してくれて、経営としても生産性、持続性が上がるのです。
日本は土地が狭い中で、輸入の餌に頼って、乳牛頭数を増やしてきましたから、どうしても1頭当たりの土地やスペース、牧草地が狭くなりがちで、アニマルウェルフェアを進めにくいのが現実かと思います。
Q コメの利用は可能か?
北海道は牧草地の草がまだまだ活用できますが、都府県は難しい。しかし、コメがあります。日本で生産力のあるコメをできるだけ餌に活用する工夫が大切です。
千葉の高秀牧場さんの数値を確認すると、このようにコメ由来の餌の割合を35%まで増やして輸入飼料への依存を1割まで少なくすることに成功していますから、やればできるはずです。

Q 消費者から酪農家の現状がわかりづらいのは何故か?
生乳の特質です。腐敗しやすい生乳は、酪農家、個々バラバラでなく、迅速にまとめて集めてメーカーに届ける必要があるので、それを行う生産者組織として指定団体があり、酪農家の牛乳の価格形成にも役立っていますが、個々の酪農家さんの顔、個性、創意工夫が見えにくくなる、という側面があります。
しかし、最近の規制緩和で、酪農家段階で、ジェラート、ソフトクリーム、チーズ工房などをつくりやすくなりました。個々の酪農家でチーズ工房をつくると設備がかかるということで、釧路の近くの鶴居村や白糠町でも、何軒もの酪農家が共同でチーズ工房をつくり、地元のチーズで地域循環を広げている成功例もありますね。
Q 放牧の課題は?
まず、牛の頭数を増やせないから総所得が少ないのが欠点と言われてきましたが、それはそうではない。このデータでもわかるように、釧路周辺の放牧型酪農と地域平均と比較すると、確かに頭数は半分ですが、購入の餌代が少ない(500万円vs 2800万円)ので、資金返済後所得は、1800万円でほぼ同じです。餌代が10%上がっただけで、放牧型のほうが所得が高くなります。

足寄町でも放牧型酪農が、酪農以外も含めた全経営体の中で一番所得が大きいというデータもあり、新規参入者が順番待ちになっています。
ただ、頭数が増やしづらいので、こういうタイプの酪農ばかりだと、国民に供給できる生乳の量が足りなくなります。ですから、大規模に大量生産できる酪農家もいてくれて、両方がバランスよく持続してくれることが必要かと思います。
Q 今後、生産者と消費者の距離を縮めていくには、どのようにすればよいか?
地域で生産されたものをその地域で消費する、地域循環型の食料自給圏、ローカル自給圏を築いていこう、それが大事だ、とよく話すんですが、野菜やコメなどの農産物に比べて、広域流通が基本で、地場で消費しにくい酪農はローカル自給圏がイメージしづらかった。
しかし、伊勢原市の「地ミルク」などの取り組みが実現できているのを知りまして、新たなる世界が広げられるなと意を強くしました。給食で地元の子供たちへの提供を増やすのも一つのカギになるなと思います。酪農もローカル自給圏が強化できると確信しました。
Q 最後に一言、提言を
輸入依存を減らして、地域資源を循環させる要素を強化していくことをみんなが目指しつつ、大規模酪農、放牧型酪農など、多様な経営が持続できること、そして、牛乳の広域流通とローカル自給圏がうまく組み合わさることが重要だと思います。
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