JAの活動:農協改革を乗り越えて -農業協同組合に生きる 明日への挑戦―
【経済評論家・内橋克人】政権主導の改革 狙いは「農業ビッグバン」2017年10月17日
組合員の期待に応える自己改革への取り組みが重要なことはいうまでもない。しかし、この間、政府が「改革」を農業、農協に迫ってきたのもまぎれもない事実である。その改革の真の狙いは何だろうか。それを歴史とともに振り返り改めて協同組合としてのJAの事業・運動に確固たる展望を持つ必要がある。「農協改革」を乗り越えて-。内橋克人氏に提言してもらった。
2015年2月12日に始まった第189通常国会は「改革絶叫国会」と呼ばれる。冒頭、安倍晋三首相は45分間の施政方針演説のなかで「改革」なる言辞を36回も口にした。各論(日本農業のあり方)においていきなり宣言したのが「60年ぶりの農協改革を断行する」というものであり、農協改革は「改革断行国会」の目玉と位置づけられた。
政権主導の「改革」とは何か。農業協同組合に限らず全国の協同組合人は今こそ「改革」の真意を冷徹に見抜かなければならない。
農協「改革論」の歴史は古い。規制緩和万能論の台頭。それを政治目的化するため歴代内閣はそろって「規制緩和」関連の諮問機関を立ち上げた。標的の一つとして絶えず農協改革が掲げられてきたのだ。
すでに2002年12月、第一次小泉政権下、「総合規制改革会議」(議長=宮内義彦・オリックス会長=当時)が答申最終案をまとめている。
農協について「信用・共済事業を含めた分社化」「農業経営の株式会社化(事業譲渡)」を建議している。時の内閣官房副長官が安倍晋三氏その人であった。政権が世間に対して「大見得を切る」のに格好の"獲物"が農協改革でありつづけたのだ。
以後、農協解体論は15年の長きに及ぶ。政権主導の農協改革とは「農業ビッグバン」にほかならない。「ビッグバン・アプローチ」とは何か。今日に至る歴史的経緯をたどり直さなければならない。
◆「ビッグバン・アプローチ」の世界史的経緯
第二次大戦後、財政破綻や国際収支の危機に陥った発展途上国、新興国に対して、世界銀行、IMF(国際通貨基金)は緊急支援を行ってきた。1980年代を迎えるまでは「ベーシック・ヒューマン・ニーズ」、すなわち人間の基礎的生存条件を重視する「人道主義的」支援が柱となっていた。
IMFが創設されたのは、第2次大戦終結後の1945年末(2年後の1947年3月から業務開始)のことであり、IMFは世界銀行とともに戦後世界の経済復興に大きな役割を果たした。周知のところだ。
だが、80年代を迎えたアメリカでレーガノミクスが全盛期を迎えるにつれ、規制緩和、市場至上主義が勢いを増し、「グローバル化」が錦の御旗となっていく。背後の力となったのがミルトン・フリードマン(1976年ノーベル賞受賞)らを始祖とするシカゴ学派の新自由主義思想の信奉者たちであった。
重要な事実は、これにつれて発展途上国、新興国に対する支援のあり方が「新古典派的開発戦略」へと大きく転換したことである。市場への政府介入を最小にし、市場メカニズムを最重視する開発戦略への転換であり、被援助国に、援助と引き換えに急速な「市場メカニズム」の導入(市場経済化)を条件として厳しく要求するようになったことだ。
たとえば「国営企業の民営化」「規制緩和」「財政規律」「福祉・公共サービスの縮減」「外資参入の自由化」―など。それらをワン・セットにした要求への転換であり、以後、被支援国はラディカルな市場開放を迫られる運命となった。
これが「構造調整プログラム」(世銀)と呼ばれるものの正体であり、同プログラムを介してアメリカ型市場システムの「世界化」が急ピッチで進んだ。
すなわち「ベーシック・ヒューマン・ニーズ」から「ビッグバン・アプローチ」へのドラスティックな転換が強行された歴史であった。
いうまでもないが、「ビッグバン」とは宇宙のはじまりとされる「大爆発」(宇宙起源説)を指す。それが経済的「改革」を進める際の「衝撃療法」の意に用いられるようになった。「ビッグバン・アプローチ」を推進してきたIMF、世界銀行、米財務省の本拠地がそろって米ワシントンに拠点をもつことから「ワシントン・コンセンサス」(ワシントン合意)とも呼ばれる。
この「ビッグバン・アプローチ」が、狙い通り、米国発「マネー」の運動場を全世界的規模にまでひろげる循環を可能にした。マネーの「お狩り場の世界化」である。つれて途上国、新興国の経済システムは米国型市場システムへと構造改革されていく。被援助国は過大な労苦を背負わされた。 後に1997年からのアジア通貨危機でもタイ、インドネシア、韓国などの諸国は、IMF支援と引き換えに急進的な構造改革を押しつけられた。さらに2008年9月、米投資会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの破綻に発する金融危機が一挙に全地球的規模にまで拡大したのも、それに先だつラディカルな「ビッグバン・アプローチ」、すなわち"強制的市場化"策が被援助国経済に失業や生活格差拡大、さらなる財政危機など深刻な矛盾を生み出していたからとされる。
むろんのこと、日本はIMFの被援助国ではない。にもかかわらず、日本はアメリカ発「ビッグバン・アプローチ」の忠実なる順応国であり続けた。
巨額の日米貿易不均衡に発する「日米構造障壁問題協議」(1989~1990年)、それにつづく「日米包括経済協議」、さらには「年次改革要望書」「日米経済調和対話」へ、とつづく、絶えざる「圧力」にさらされてきた歴史であった。
いま、安倍政権の叫ぶ「農業改革」もまた「ビッグバン・アプローチ」の波長の上にある。乱用される「改革」の真意を、協同組合人はどこまで正確に理解しているだろうか。
◆「農業ビッグバン・アプローチ」の原典
すでにはやく2005年3月、『農政改革とこれからの日本農業』と題する研究報告が公表されている。日本経済新聞社と同社系列の日本経済研究センターの共同研究としてまとめられたものだ。論点は広範多岐に及ぶが、あえて要点を主要2点に絞って紹介する。
説かれているのは第一に「農地の株式化」(証券化)による流動性の確保と高度化であり、それら証券の市場価格は地域間プロジェクト競争(各自治体がそれぞれ発出)の勝敗によって決まる。プロジェクト間競争の勝敗は株価変動の上下に収斂していく。農業のインフラ、すなわち「農地」をそのような市場メカニズムに任せることが日本農業全体の活性化につながるというのである。
第二に一般企業の農業への参入を自由化する。すなわち農業の本格的な規制緩和であり、そのための「農協」改革が唱えられている。
同研究の座長を務めた本間正義・東京大教授はこれら「改革」を同時並行的に進めるのが「農業ビッグバン」であると説いた(日本経済新聞「経済教室」―05年6月17日朝刊)。
「(農業の担い手が)単なる補助金の受け皿となってはならない。(略)農地の有効利用のためには、(農地の)転用期待を排除し、農地制度を抜本的に改革する必要がある。こうした一連の改革を同時に、『農業ビッグバン』として実施することが望ましい」(同)。また農業の「担い手」を明確化することが農政の緊急課題であると位置づけた。同研究の最終報告に至るまで1年半を要したと振り返る。
同氏らの説く「農地の株式化・証券化」とは何か。いうまでもない、究極の「日本農業市場化論」であり、農地の流動化を介して兼業零細農家の淘汰もまた進む、と肯定的に予測する。すでに述べた「ビッグバン・アプローチ」による日本農業「改革」論にほかならない。
いま、「改革」を先導する規制改革推進会議・農業WGは5人の委員と3人の専門委員で構成される。
かねて「農業ビッグバン」を唱えてきた本間氏はそれら専門委員3人のうちの一人として強い発言力を発揮し、同会議での議論を主導している。その規制改革推進会議の初会合で安倍晋三首相もまた「全国農業協同組合連合会(JA全農)のあり方を予断なく見直す」と強調した(2016年9月16日)。
現行の兼業農家優遇策を廃止し、大規模専業農家の育成に注力する。「公正な競争条件を確保する」ため協同組合に対する「独禁法適用除外」措置を見直す。
農業経営の株式会社化で経営形態の多様化を推進し、同時に農協の信用・共済事業を含めた分社化を検討する―などなど。すでに一般にひろく知られた筋書きが、この政府諮問会議での各回答申を根拠に、現実の農業政策へとシフトされつつある。未来志向の新たな農業政策として方向づけられようとしている。
そのゴールへと向かうプロセスがすなわち政府の説く「改革」なのである。
◆掃き清められる「農業プランテーション」への道
農地の「株式化」は何をもたらすだろうか。
リーマン・ショックの引き金となったヘッジファンドをはじめ、無数の金融派生商品があみ出され、巨額の投機資金が証券化された「農地」へと向かうだろう。ウォール街発マネーにとって、日本農業のインフラ(基盤)、すなわち日本人の食生活インフラこそは格好の投機対象ではないのか。待っているのは単一作物の大規模工場生産方式によるプランテーション型農業のほかにない。市場原理主義を基盤に据える「改革」がほんとうに協同組合にふさわしいものであろうか。
私たちはいま一度、「協同組合間協同」を説いた先駆者、『レイドロー報告』(A・F・レイドロー=1980年。第27回ICAモスクワ大会に提出された)、さらにそれを受け継ぐ『ベーク報告』(S・A・ベーク=1992年のICA東京大会を前に1990年にまとめられた)に立ち戻り、協同組合がめざすべき真の「改革」を模索しなければならない。ビッグバン・アプローチでいいはずはない。
政治的民主主義と経済的民主主主義を求め、運動性と事業性の両立をめざしてこその「改革」ではないのだろうか。
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