JAの活動:第28回JA全国大会特集「農業新時代・JAグループに望むこと」
【対談 武田 鉄矢氏( 歌手・俳優)×上村 幸男氏( 前JA熊本経済連会長)】作る人・自然 全てに感謝を~坂本龍馬や幕末の歴史から学ぶ~2019年3月7日
・食べられることは幸せ
フォークグループ「海援隊」を率いて一世を風靡し、今も幅広く活躍している武田鉄矢氏。故郷の博多に残した母を偲んだ「母に捧げるバラード」で、また坂本龍馬の研究家としても知られる。武田氏を農畜産物のCMに採用したJA熊本経済連の前会長・上村幸男氏と、食べものの大切さ、農業・農協の役割、そして社会の大きな転換期にある今日、龍馬から何を学ぶかなどについて対談してもらった。

上村 これからの日本国民の食料は大丈夫なのかと心配しています。このところの地震や集中豪雨、大型台風の来襲などの自然災害が相次ぐなかで、今年はTPP11が発効し、EUやアメリカとも貿易交渉が進み、自由化で大津波のように農畜産物が輸入される恐れがあります。
いまの状態を日本の歴史でみると、幕末の混乱期に通じるものがあるのではないかと思います。武田さんの書かれた『母に捧げるバラード』によると、小さいころ食べることに精一杯だったと聞いています。その視点から、今日のような600万tもの食べ物を捨てる時代をどのように思いますか。
武田 2011年の東日本大地震には思うところがありました。東北3県の甚大な被害には気が滅入りましたが、その時、自分のなかで何か忘れているものがあるのではと感じ、思いつきました。われわれは毎日、ご飯を食べるときには手を合わせ「いただきます」と言っていましたが、いまその気持を忘れているのではないかと。
私の両親は、日本の伝統的礼節に厳しい人でした。3度の食事には手を合わせて「いただきます」と言っていました。これは神に感謝するのではなく、食べものを作った人、それに係わった自然の全てに感謝するという深いものがあります。
今でも、どの県、どこの地方の米でなければ駄目だという人が多くいます。このこだわりが日本を支えてきたのです。米ならどこの国の輸入品でもいいというものではないのです。
上村 村まつりなどに通じるところがありますね。ところが農産物が儲かるかどうかというお金の話になって、感謝の念、自然への畏れが薄くなりました。
武田 自然への畏れは大切です。日本の伝統的宗教である神道は農業に従事した人がつくってきたもので、氏神様、八幡様の信仰は日本人の土地への畏れから生まれたものです。だから日本人は、わずかの土地の変化にも敏感です。
また万葉集には、「春日」とか、「筑紫」とかというように、地名が多く出てきます。これは「土地褒め」です。褒めないと土地は怒ると考えたのです。「花差し」も土地の神様への礼節です。松尾芭蕉は越後から隣国へ入る時、花一輪を差したそうです。しかし昨今はこのようなことは無くなりましたが、土地褒めと農業はどこかで結びついているような気がします。
上村 日本には水田農業を中心とする山の神、水の神、田の神など、外国とは違う奥深い文化があり、農業は国民みんなのものです。『母に捧げるバラード』には、苦労して子どもに食べさせると脳みそがよくなるというのがあります。和食には単に食べるだけでない大切なものがあるように思いますが。

武田 母親の思い出ですが、小学2年のとき、「図工」でまぐれの「5」を取ったとき、母親が喜んで近所に触れ回ったことがあります。近所のおばさんが「鉄矢はえらい。リンゴ箱の机で5をとった。それを優秀と言うのであって、他は当たり前と言うのだ」と言っていたそうですが、同じ「5」でも違いがあります。これを食べ物でみると、親が苦労して手に入れた食べ物と、そうでないのとでは同じ食べ物でも、大きな違いがあるのではないでしょうか。
上村 それが今は伝わらなくなりました。外国から帰って和食を口にした時の感覚は特別です。それが日本の米であり、みそ汁です。その気持を大切にしたいものですね。
武田 醤油を発明したのは鎌倉時代のお坊さん、覚心さんです。和歌山では法燈国師と言われていますが、中国の宋へ行って仏教を学びました。和歌山の湯浅で味噌を造り、中国の宋で修行した金山寺にあやかって「金山寺味噌」と名付けました。その味噌樽の底の溜り汁が醤油で全国に広がりました。今も湯浅町は醤油発祥の地として知られています。
仏教と農業の組み合わせは面白いですね。中国の金山寺では味噌しかできなかったものが、和歌山では醤油になりました。その違いは稲わらについた発酵菌にあります。中国の稲わらでは発酵しなかったのです。
上村 納豆もそうですね。稲わらに付いている納豆菌の力です。
武田 正月飾りも稲わらの文化です。それくらい農業は奥ゆかしいものがあります。そのことがもっと理解され、広がればいいのですが。
上村 農業・食べ物は大切ですが、日本の食料自給はなかなか世論になりません。いい知恵はないでしょうか。
武田 一つのアイデアですが、テニスの大坂なおみさんや相撲取り高安関、あるいは陸上ではケンブリッジ飛鳥、「もぐもぐタイム」のカーリング女子などにも、おにぎりでCMに登場してもらったらどうでしょうか。大きなインパクトになりますよ。
米は食べてすぐエネルギーになる優れた食べもので、試合前に食べるのにはもってこいです。かつて「富士山(ふじやま)のトビウオ」の異名をとった古橋広之進について、アメリカが調べたら、その力の源はにぎり飯にあったということで、炭水化物を摂ろうという運動をやったことがあると聞いています。

上村 研究機関も巻き込んで、科学的に説明し、お米のよさを発信する必要がありますね。
ところで、我々はいま、「なくてはならない農協」を目ざしてJA改革に取り組んでいます。武田さんには、CMなどで熊本経済連の支援もやっていただいて販売が伸び続けています。そうしたおつきあいの中で、農業団体はどのように映りましたか。
武田 農協という組織が、農家のくらしを守る方向を向いているのはいいのですが、お客さんに背を向けるような位置関係になっているのではないでしょうか。時にはくるりと回る回転ドアのように、入れ替えのできる組織になる必要もあると思います。
そして「遊び」も大事です。その先に何が生まれるか。ソフトが生まれるような気がします。いま小さなコンサートで全国を回っていますが、北海道の利尻島に行ったとき、つくづく思ったことがあります。船着き場に帰る川を間違った鮭がいっぱいいるのですが、地元の人はイクラだけ獲っているのです。もったいないと思いましたが、考えてみると、農産物や海産物は、獲れたからといって、すぐ食べものになるものではありません。
畑にあるダイコンは、抜いて洗ってカットして初めて食料という商品になるのであり、そのような飾り付けが必要です。仕立てる苦労がいかに重要であり大変なことか。農協にはそういう仕事をやっていただいているのです。
そして重要なことはデザインだと思います。お米でも直にもらうよりは小さなわらの「たわら」に入れると、もって帰りたくなります。食料を商品という形にする。そうしたデザイン能力を農協で発揮していただきたい。
上村 組合員だけ、「内だけ」向いていてはうまくいきません。消費者をみてなにかをやろうということで、「くまもと」農畜産物統一ブランド「KUMAMOTO」をつくり、CMで武田さんに支援していただきました。そのなかで消費者をみて仕事、事業をすることがいかに大切かということが分かりました。商品づくりやデザイン、これは農協の一番不得意な分野でした。しかし、熊本県のJAグループはCMに力を入れたことで、東京、大阪の大市場で知名度・信頼度が高まり、トマトの販売は2倍くらい増えました。
武田 それができる人材を集め、一つか二つヒット商品があると大きい力になるのではないでしょうか。農業を語るとき、農業の楽しみを大きな声で伝えることが大切だと思います。
上村 確かに農業のマイナス面だけを嘆いていても、明日が見えてきません。その意味で農協の役割は非常に大きなものがあります。現実には、農家と農協は世界一の日本の食料をつくりあげてきました。それを作ったのが日本の農家、農協の力です。さらに前に進めるためにマーケティング、ブランド戦略が必要です。
武田 リンゴ、桃、サクランボなど、形、色は、もうこれはアートです。日本だけのものですね。これからの戦略は決して遠くをみるとか、異国に学ぶだけではなく、日本の歴史にいっぱいヒントがあります。
昨年のNHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」で、敵役だった大久保利通は、西郷と喧嘩しながらも多くのことをやってきました。それは日本再発見だったのです。ドイツから地質学者のナウマンを呼んで日本の地理、山の高さを調べさせ、同じくドイツの医師ベルツを呼んで温泉を調べさせました。べルツは群馬県の草津温泉の素晴らしさに感動し、世界に紹介しました。地震が多く火山もあるという「不幸」が、一方で「幸」とどこかでつながっていることを、大久保はベルツを通じて示しているのです。
ちょっと外国人の目線に立ってみる。このことが大事です。例えばニンジンを紅葉(もみじ)切りするなど、何かになぞらえる文化から、一つでも新しい飾り付けを発見すると、ぽんと消費が伸びることがあります。
上村 それは異業種とのつきあいからでしょうか。その意味で、若い人の発案が大事です。若いと言えば、「日本を洗濯する」と言った坂本龍馬はどうでしょうか。
武田 18歳の時から坂本龍馬が好きで好きでたまりませんでした。古希になっても飽きませんね。この人は欠点はありますが、どんな行動をみても若さが脈打っています。坂本の面白さは、ものごとをみる時、別のポジションに、ぽんと飛ぶところです。
薩摩と長州が仲違いしていたとき、彼は海から日本をみていました。薩長同盟はそこからのアイデアです。幕臣の勝海舟を訪ねたり、海援隊をつくったりしたのも海からの視点です。つまりレフリーでなく観客席からのポジションですね。
黒船を学ぶためには、対立している幕府の勝海舟のところへ行った坂本。若い人には、ときとして外国、異国の目で、観客席から自分の職場をみるという坂本の目をもってもらいたいですね。
上村 落第生のようにみられる坂本ですが、20代でそのような発想する若者が出てきたのはどうしてでしょうか。時代が生んだということでしょうか。
武田 当時のお年寄りが、若い人の時代だからと言って、若いということに拍手かっさいを送ったからではないでしょうか。「お前の考えは面白い。やってみろ」と言うと人ははずみます。若さを絶賛するという年寄りの一番大事な役割が、いま忘れられているのではないかと思います。
上村 新しい農業を切り拓くには、若い人に、龍馬が脱藩したような勇気が必要ではないでしょうか。龍馬の思いと勇気はどこから湧いたのでしょうか。
武田 幕末、日本のピンチでしたが、それをピンチだとは思わない自分を坂本は持っていたのです。ピンチでも肩をいからせずに力を入れる。これが必要です。肖像画みても分かりますが、なで肩でリラックスしています。肩に力を入れない力の入れ方、是非学んで欲しいものですね。肩に力が入るのは、勝とうとするから、負けたくないと考えるからです。
坂本はそうではなく、「友達になろう」という接し方であって、相手を敵、味方でジャッジしないのです。優れていること、強いということ、つまり「無敵」は敵に勝つことではなく、敵をつくらないことです。その中からさまざまな知恵が生まれます。幸せな人生とは単純なことで、誰とでも友達になれることです。
さらに加えると何でも食べられること、どこでも眠れることです。この3つを満たす人生は絶対に幸せです。幸せな人生を目ざして日本の「侍」であってほしいなと思います。
上村 龍馬は肩に力をいれないことから、新鮮な柔らかい、とてつもない考えが生まれたのですね。分かっていてもなかなかできないことですが。龍馬はピンチをチャンスとしてとらえました。いま農業の国際化が進んでいますが、農業者は自ら欧米に行き、農業の違い、海外農業の強さや弱さ、それに対応する国内農業はどうすべきか、とくに若い人は海外に行って、見て聞いて欲しい。若い人にはどのような学習が必要でしょうか。
武田 全然違うポジションから比較してみることです。先進農業と古事記のような新旧二つを合わせてみると勉強することが見つかります。例えば米農家の場合は、日本酒はどうしてできるのか、醤油や納豆のことを調べると、鍵は米粒にあるのではなく、茎についてきた菌だということが分かります。そうしたひっかかりを持ってみると、面白いことが一杯あります。
坂本がいまの日本にいたら、最先端の農業をやっているでしょう。それももうかる農業を。最先端に立ちたがる龍馬のことです。「陸援隊」とかなんとか言いながら、真っ赤なトラクターに乗って「これからの時代は農業だ」と、自慢しているのではないでしょうか。
上村 違った立場に立つと、新たな道が開けてくるということですね。勇気をいただいた思いです。ありがとうございました。
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