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特集:今、始まるJA新時代 拓こう 協同の力で

2019.10.22 
今こそ学ぼう賀川豊彦の協同精神 和田武広・賀川豊彦記念松沢資料館嘱託講師 一覧へ

 「今日の貧困は物の欠乏によるのではなく、豊富さから生じている。富はごく一握りの人々の手に集積し、社会の一般大衆は、失業、不安、従属、不信の世界に蹴落とされている」。

 これは、賀川豊彦が1936年に米国で行った講演である。このなかで賀川は、やがて悲惨な世界大戦へと突入していくこととなる「格差」「貧困」「分断」の"負のスパイラル"から脱却するため、資本主義でも共産主義でもない「第三の道」として、「人格」と「兄弟愛(友愛)」の理念に拠った協同組合運動による社会改造を提示した。これは各種の協同組合から成る「協同組合国家」で経済活動と政治・社会全体を再編、さらに世界全体を「協同組合国家」で再編・連帯していくことで、平和で平等な世界を建設しようとする壮大な構想でもあった。
  この講演録は英文の『Brotherhood Economics』(邦題『友愛の政治経済学』)としてまとめられると、たちまち17か国語に翻訳、25か国で出版され、その精神は、第二次世界大戦後に創設されたEC(欧州協同体、現在のEU)にも影響をあたえた。
 ノーベル平和賞・文学賞候補にもなった賀川の社会運動は、神戸のスラム街での貧民救済活動から始まり、労働・農民・協同組合運動など幅広く展開されていくが、敬虔なキリスト者であった賀川が「理想社会の縮図」として見出したものは、「最高の理念、人格、理想、目的を根底」とし「愛と友愛のキリスト教の理想に合致している」協同組合運動であった。
 賀川は戦前、大阪で購買組合共益社を創設したのを皮切りに、コープこうべの前身となる神戸購買組合・灘購買組合や、東京学生消費組合、江東消費組合など多くの協同組合を設立、戦後は日本生協連初代会長になるなど「生協の父」として知られている。一方、賀川は「JA共済の父」とも称されており、実は産業組合(JA等の前身組織)や農協(JA)とは深い関わりをもっている。
 「産業組合の血管といい、心臓というものは、何であるか。それは共済制度であり、共済精神を基礎とする保険の施設である......共済精神よ、高まれ!」。これは、賀川の散文詩『産業組合に心臟を与えよ』の一節であるが、賀川の協同組合思想・理論のなかで協同組合保険(共済事業)は"核"となっており、賀川はその実現と発展に強いこだわりを持ち続けた。
 協同組合共済事業は、戦後に突然発生したものではなく、産業組合時代から粘り強く続けられてきた協同組合保険運動を底流としており、1948年の北海道共済連創設、1951年全共連(JA共済連)創設を経て全国展開が実現、その後各種協同組合共済事業の創設・発展につながっていった。しかし、それは決して政府から与えられたものではなく、産業組合や農協の「運動体的側面」による粘り強い運動により、自らの力で闘いとり築き上げてきたものであり、その苦難に満ちた長い闘いの先頭には、賀川豊彦がいた。
 戦前は、産業組合による協同組合保険運動を理論・実践両面で牽引し保険思想の高まりと保険導入意欲の高揚を図るとともに、産業組合による保険会社買収を指導して共栄火災創設を実現、戦後は、農協共済の組織化、全共連創設に「決定的役割」を果たすとともに、共済普及の「伝道者」として全国各地で講演活動を展開、共済事業の創設・発展に大きく貢献した(共済事業創設・発展に向けた賀川や戦前戦後の共済人たちの活躍については、拙著『共済事業の源流をたずねて -賀川豊彦と協同組合保険-』(緑蔭書房刊)をご参照いただければ幸甚である)。
 80数年前、賀川が憂いた"負のスパイラル"に、いま、「時代」が近づきつつあるなか、「誰ひとり取り残さない」精神のSDGs(持続可能な開発目標)運動など、賀川の理念・思想と実践に学ぼうとするうごきが広がりつつある。
 「保険というものはその本質上、協同組合化せらるべきものだ。歴史的にみても、保険というものが友愛的、また社会性をおびた出発をしている。それを途中から、その純真な隣人愛的な発生の動機がうしなわれて資本主義化した。協同組合がもつ道徳的自粛力と、その非搾取的精神と共愛互助の機構そのものが、保険の根本的精神と一致する」と熱弁し、「共済精神よ、高まれ!」と高らかに謳った賀川豊彦の思想と実践から、いま、私たちは多くのことを学ぶべきではないだろうか。


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