農政:ウクライナ危機 食料安全保障とこの国のかたち
【ウクライナ危機】ウクライナ侵攻の真意は何か(2)田代洋一・横浜国大名誉教授2022年3月11日
ロシアのウクライナへの侵攻で、多数の犠牲者が出る深刻な事態が続き、穀物市場で小麦などの価格が急上昇している。ロシアの真の狙いは何か、こうした状況の中で日本は食料安全保障などの課題にどう向き合うべきか。田代洋一・横浜国大名誉教授に寄稿してもらった。
新冷戦時代の食料安保
侵攻の影響
まずこの間の食料関連の動きをみよう。FAO食料価格指数(2014~16年=100)は、2022年1月135・7、2月140・7と最高水準をマークした。
農水省「食料安全保障月報」2022年1月号、農林水産政策研究所の報告(2021年11月30日)等をみると、ロシアは小麦輸出で世界1位だが、食料の貿易収支は赤字。一方で穀物の国内価格高騰に対し輸出規制措置(輸出数量枠、輸出関税)をかけつつ、他方で新たな輸出先をアジア(中国、バングラデシュ、インドネシア、ベトナム等)に求めている。
注目されるのは、第1に、小麦輸出大国・ロシアが内政上の必要も含めて輸出規制措置をとっていること、第2に、ロシア小麦の新たな輸出開拓先の中国、ベトナムは、国連総会の緊急特別会合のロシア非難決議では棄権にまわった。政治が貿易の方向に変化を及ぼしている。
農水省「肥料をめぐる情勢」(2021年4月)では、日本の塩化カリの輸入はロシア11%、ベラルーシ12%だが、これは侵攻でカナダからの輸入量を増やすようだ。しかしカナダからの輸入は既に65%、尿素ではマレーシア(45%)、中国(37%)、リン酸アンモニウムでは中国(87%)など、輸入相手国の偏在が危険視されている。
また、日本の輸入に占めるロシアの割合は原油4%、液化天然ガス8%程度で大きくはないが、ロシアの原油輸出の減は世界の原油高に拍車をかけ、施設園芸や漁業等への影響は大きい。
以上から、今日の食料安全保障は、食料、生産材原料、エネルギー等の総合的関連を視野に入れる必要がある。とくに食料の絶対量もさることながら、グローバル化やコロナ・パンデミックが貧富の格差を極端に拡大している今日、国民生活にとって食料価格の安定こそが緊要な課題だ。
日本の食料安保
それは1980年に始まった。あの時もソ連のアフガニスタンに侵攻にはじまり、80年1月米国が対ソ穀物禁輸措置に踏み切り、食料が武器として使われたことを受けて、4月、衆参両院は食糧自給力決議を行った。9月、戦後最大の冷害が確認された(コメ作況指数87)。これらを受けて10月末の農政審報告は第2章で「食料の安全保障―平素からの備えー」を打ち出し、自給力強化、安定的輸入、(棚上げ)備蓄の必要を訴えた。
ところが日本の食料安全保障政策の欠点は、のど元を過ぎればすぐ忘れてしまうことだ。80年のそれも86年農政審では「国際協調」にとってかわられた。新基本法は自給率向上を目指したが、現実にはメガFTAにのめりこみ総自由化時代に突入してしまった。あげくがカロリー自給率37%だ。
コメはカロリー的には21%と今でも主食だが、世帯支出の金額では2014年からパンが首位になっている。ロシアの侵攻は世界の小麦を直撃し、ロシアから輸入していない日本でも、既に上昇気味のパン価格をさらに値上がりさせる。
自民党や農水省は2月24日、食料安全保障に関する検討委員会等を立ち上げた。侵攻も睨んでのものと思われるが、またぞろ「のど元過ぎれば」の轍(てつ)を踏まないよう切望する。
食料安保の課題
第1に、食料自給率の傾向的低下の原因をしっかりと見据えることだ。相変わらず国民の食生活の変化に求めるのか。この間のメガFTAへののめり込みが影響しているのか。それによって今後の通商政策も再検討されるべきだ。
第2に、「みどりの食料供給システム戦略」との整合性を具体的に図るべきだ。みどり戦略で化学肥料・農薬の削減、有機農業への転換を進めることは、輸入原料や化石燃料への依存を減らすプラス効果をもつ。しかし、これまでのEU等の経験でも収量や収入を大幅に減らし、自給率向上と整合しない。逆に、自給率を向上させることが、バルキーな穀物の遠距離輸入によるフード・マイレージ、温暖化ガスを減らす。また再生可能エネルギーへの取り組みは日本がエネルギー自給率を高める唯一の道だ。
第3に、安倍農政以来の農産物輸出で自給率を高める(自給率=国内生産/国内消費で、分子には輸出が入る)政策は、紙の上の計算に過ぎない。今回、ロシアのような穀物大国でさえ、いざとなれば輸出を制限しないと国内治安を維持できないが、その輸出制限が困難なことが図らずも露呈された。<自給率=国内消費仕向け生産/国内消費>として計算し(これだと5~6ポイント低下する)、その向上を図るべきだ。そのためには価格の安定、内需の深堀りが必要である。ウクライナが食料でギブアップすることはない。
重要な記事
最新の記事
-
【注意報】ダイズ、野菜類、花き類にオオタバコガ 県内全域で多発のおそれ 埼玉県2025年9月3日
-
【農協時論】小さな区画整理事業 生産緑地保全と相続対策の要に JA東京スマイル 眞利子伊知郎組合長2025年9月3日
-
【注意報】水稲に斑点米カメムシ類 県下全域で多発のおそれ 愛媛県2025年9月3日
-
【注意報】ねぎ、キャベツなどにシロイチモジヨトウ 府内全域で多発のおそれ 大阪府2025年9月3日
-
【注意報】いちごに炭疽病 県下全域で多発のおそれ 愛媛県2025年9月3日
-
【サステナ防除のすすめ2025】水稲の仕上げ防除 カメムシ対策は必須 暑さで早めに対応を2025年9月3日
-
ミサイルは兵糧攻めに有効か【小松泰信・地方の眼力】2025年9月3日
-
「コウノトリ育むお米」4万4000円 JAたじまが概算金 「消費者も付加価値を理解」2025年9月3日
-
【人事異動】農水省(9月2日付)2025年9月3日
-
8月大雨被害に営農支援策 農機修繕、再取得など補助2025年9月3日
-
緑茶輸出 前年比9割増 7月の農産物輸出実績2025年9月3日
-
JA貯金残高 107兆337億円 7月末 農林中金2025年9月3日
-
よりよい営農活動へ 本格化するグリーンメニューの実践 全農【環境調和型農業普及研究会】2025年9月3日
-
フルーツプレゼント第3弾は新潟県産日本ナシ 応募は9月23日まで にいがた園芸農産物宣伝会2025年9月3日
-
9月9日を「キュウリの日」に 行政と連携して"キュウリ教室"初開催 JA晴れの国岡山と久米南町2025年9月3日
-
大学協同組合講座設置促進シンポジウム 9月16日にオンラインで開催 JCA2025年9月3日
-
脱炭素と環境再生へ 農林中金のコンソーシアムが本格始動2025年9月3日
-
『農地六法 令和7年版』発売 農地法関連政省令・通知を完全収録2025年9月3日
-
「アウト オブ キッザニア in えひめ」で「だしの伝道師」担当 マルトモ2025年9月3日
-
大阪・関西万博で「EARTH MART DAY」開催へ 食と農の未来を考えるイベント クボタ2025年9月3日