農政:ウクライナ危機 食料安全保障とこの国のかたち
膨大な避難民受け入れと連帯の欧州に何を学ぶか 村田武・九州大学名誉教授【ウクライナ危機】2022年3月29日
ロシアのウクライナへの侵攻から1か月以上。無差別攻撃による深刻な被害が広がり、国内外には数百万人の避難者があふれている。ところが、膨大な難民を受け入れていても、食料確保が危機的だという報道はない。食料自給率や穀物自給率の低い日本は、こうした事態をどう受け止め、何を学ぶべきか。九州大学名誉教授の村田武氏に寄稿してもらった。
村田武 九州大学名誉教授
ロシア・プーチン政権のウクライナへの軍事侵攻は、国連憲章の第1条に掲げられた国際紛争の解決は「平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現する」という原則を、国連常任理事国がもつ特権「拒否権」で葬り、第2次世界大戦後の国連による国際秩序に大打撃を与えるものとなった。
加えてプーチン大統領が「ロシアは世界最強の核大国のひとつだ」と世界を核で脅迫し、ロシア軍がウクライナの原発を制圧するなど、世界は「核」惨禍の危機に直面している。私は、伊方原発3号機が運転を継続している愛媛県に居住している。一刻も早くその停止・廃炉を進め、北朝鮮に原発へのミサイル攻撃という「原発を人質にする」外交交渉の武器を失わせなければならないと考えている。
避難民を受け入れている国々の穀物自給率
さて、ウクライナでは、2月24日にロシアの軍事進攻が始まって1か月足らずの3月18日には、国内避難民が648万人、国外への避難民が330万人を超えた。ウクライナの人口は4130万人である。4人に1人が避難民になっている。そしてこのウクライナからの膨大な避難民を必死に受け入れているのが国境を接する国々である。これは「欧州における今世紀最大の難民危機」ともいわれており、長期化すれば、住宅や雇用、教育など受け入れる側にとっても影響はきわめて大きいとされている。
ところが、膨大な難民を受け入れていても、さしあたり食料確保が危機的だという報道がない。これはどうしたことかと、避難民を受け入れている周辺国の食料自給率を調べてみた。農水省のホームページに「諸外国の穀物自給率(2018)」があった。ちなみにこのランキング表によれば、わが国の穀物自給率28%は何と172か国のうち128位である。このランキング表を作成した農水官僚には、きっとわが国の穀物自給率の低さに警鐘を鳴らしたいとの思いがあったのだと理解したい。さて183万人という最大の受入国ポーランドの食料自給率は108%、2番目の52万人のルーマニアは191%、3番目の36万人のモルドバは162%、4番目の25万人のハンガリーは145%である。まずはともあれ、これだけの避難民を躊躇なく受け入れることができたのは、主穀である小麦の自給率が高く、緊急事態に即応できる「食料安全保障」を確保していたことがあったと考えたい。ロシアへの経済制裁でEU諸国が「返り血」を浴びるのは原油や天然ガスなどロシアへの依存度が高かったエネルギーであって、食料ではないのである。私は、いずれ北朝鮮から数十万人の避難民を日本列島に受け入れる国際貢献が求められると考えているのだが、わが国には、「はいどうぞ」といえるであろうか。現在の低食料自給率では、それははなはだ心もとないのでないか。
ウクライナと世界の人々との農民連帯
ポーランド経由で避難民が到着しているドイツはどうか。ドイツ農業者同盟(保守のドイツキリスト教民主同盟を支持する主流の農業団体)もウクライナ侵攻を批判する声明を出しているが、ここで紹介するのは小農民団体AbL「農民が主体の農業のための行動連盟」の3月13日付けのアピール「平和の回復・食料主権の確保・生活基盤の維持をめざして」である。以下はその要点である。ちなみに、AbLは国際農民運動団体「ビア・カンペシーナ」加盟団体である。
「われわれはまず何よりもウクライナの人々との固い連帯を表明する。戦火のもとに置かれた人々、そして避難を迫られた人々に心から同情する。ウクライナに対する侵略戦争を厳しく非難する。またロシア国内で戦争に反対するなかで、激しい弾圧を受けている人々との連帯を表明する。われわれは他の諸団体や多くの自発的な人々とともに、とくに避難してきた人々への支援に全力をあげたい。この戦争はストップさせられねばならない。ドイツ連邦政府とEUは、ウクライナ国民に対するロシアの攻撃と軍事侵略を終わらせるために全力を挙げるべきである。わがドイツは、80年前のナチズムのロシアへの攻撃に際してウクライナに多大な苦難を与えたことに責任を負っている。われわれはウクライナとロシアの平和、人々とその人権のために力を入れ、とりわけ政治の分野での責任を果たさなければなければならない。
この戦争がどれほど深刻な社会的経済的困難を引き起こすかについて、われわれはまだその全貌を予測できていない。その結果はきわめて深刻であろう。とくに食料難が引き起こされ、それがアジアやアフリカでの深刻な飢餓問題に転化され、世界の農業システムの危機対応力の向上が不可欠となろう。世界中で土地、水、種子、農業経営設備、さらに教育が農民の基本権として認められるべきである。ドイツでは農業経営はこのところずっとその生産費をカバーできなくなっている。農業産出高はほぼ維持されているが、燃料・飼料・肥料の激しい高騰に食いつぶされているのである。
環境危機が緊急の課題である
農政は環境や生物多様性の保護、家畜飼養や有機農業の改善、さらに農業者の農業所得を支えることに成功していない。ウクライナに対する戦争は、農政の根本的改善を迫っている。
1) 国際的な依存関係を俎上に載せ、農産物輸出入の実態を検証しなければならない。
2) 食料主権と世界的な食料難が中心問題であることを確認すべきである。
3) 現代の生態学的危機に対処するグリ-ン・ディール、「農場から台所へ」、EUの生物多様性戦略を推進し、社会正義と食料安全保障を一体的に追及しなければならない。
4) われわれの行動や政治を、気候正義を基本にしたものにしなければならない。
5) 食肉消費の引下げ、食品ロスの削減、さらに農業経営の安定のために、われわれの食生活を地域的かつ季節的なものにすべきである。
6) 化石燃料に依存するエネルギー消費を削減し、再生可能エネルギーへの転換を推進しなければならない。
7) 食料や飼料への投機を禁止すべきである。
いかにして権力者や財界に代わって、生活基盤を確保する世界の平和秩序を回復し、世界中で農民的農業を維持し、食料主権、環境にやさしい食料生産、人権の擁護と環境正義を中心に置いた社会を築くかが問われているのではないか。」
輸出に賭けるがごとき農政をやめさせるべき
このアピールでは、まずウクライナ危機が、グローバル経済化(WTO農産物自由貿易体制)が世界の飢餓問題をより深刻化させることを問題にしている。というのも、「世界食糧計画」(WFP)が実施している世界で飢餓に苦しむ約1億人への食料支援のうち、小麦の半分以上をウクライナからの調達に頼っているという現実があるからである。そして、①食料主権の確立が食料安全保障の要であって、②この食料安全保障の向上と、環境・生態危機に対する農業生産・食料消費のあり方の抜本的改革が一体的に取り組まれるべきこと、③それを可能にするのは、再生可能エネルギーへのエネルギー転換、地域経済循環の再生、さらに「農民的農業」すなわち「農民が主体の農業」であるというのである。
ウクライナ危機がわが国に与えている深刻な教訓は、37%という低食料自給率を放置して、日本農業の将来を輸出に賭けるがごとき農政を一刻も早くやめさせなければならないということである。
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