農政:世界の食料・協同組合は今 農中総研リポート
【世界の食料・協同組合は今】EU環境戦略の後退と戦略的対話 農中総研・平澤明彦氏2025年1月31日
農林中金総合研究所の研究員が世界の食料や農業、協同組合の課題などを解説するシリーズ。現在、環境と農業問題が注目を集めているなかで今回は「農業を巡るEU環境戦略の後退と戦略的対話」をテーマに理事研究員の平澤明彦氏が解説する。
農中総研理事研究員 平澤明彦
この数年来、欧州連合(EU)の環境部門と農業部門の間には、おそらくこれまでにない規模のせめぎあいが生じている。2023年春にこの欄に寄稿(平澤2023a)して以降の動きをお伝えする。全体の動向としては以下に述べるとおり、それまで守勢に回っていた農業側が攻勢に転じ、2024年以降はそれと並行して今後へ向けた対話が進められている。
まず2022年までの動きを振り返っておこう。欧州委員会(EU当局)は2019年秋に包括的な環境・気候戦略である欧州グリーンディールを打ち出し、その分野別戦略として、フードシステムを対象とする「ファームトゥフォーク戦略」と、「2030年へ向けた生物多様性戦略」(いずれも2020年)、「土壌戦略」(2021年)を策定した。そして2022年以降は戦略を具体化する立法提案を提出した。これらのうち、2020年の両戦略は農業に対して農薬・肥料の削減などの数値目標を提示し、かつ目標の達成を義務付ける規定が主要な三つの立法提案(表1)に含まれていた。
しかし農業部門は2020年以降、多くの問題(コロナ禍とウクライナ紛争による農産物需給の変動や、肥料とエネルギーの価格高騰、異常気象・災害、家畜の疾病、南米との自由貿易協定など)を抱えているうえ、環境規制の強化に対して要求した予算の増額も実現せず不満を募らせた。
そこに着目した欧州議会の欧州人民党(最大政治会派で中道右派)が2024年の選挙に向けて農業部門を後押しし、2023年以降に環境関連立法案への攻撃を強めた結果、上記の3立法案はいずれも大きく後退し、数値目標の義務付けは一つ(花粉媒介者の増加)しか実現していない(前掲表1)。
農業者の不満と欧州人民党の方向転換を受けて、同党出身のフォンデアライエン欧州委員会委員長は農業と自然保護の両立を目指すため2023年9月に「EU農業の将来に対する戦略的対話」の開催を表明した。この会議体は農業・食品部門、市民社会、農村、学界から29人が参加して2024年1月から8月まで広範な検討を行い、同年9月に最終報告書を提出した。議長には、ドイツ(欧州委員長の母国)で同種の諮問委員会「農業未来会議」を率いたペトロシュナイダー博士が起用された。
2023年秋以降のこの間、戦略的対話を優先するとしてファームトゥフォーク戦略の各種立法案(動物福祉規制の改正、持続可能フードシステム枠組法制、各種食品表示)は提出が棚上げされている。また、通常の周期であれば2024年に提出されるべき次期共通農業政策(CAP)改革(実施期間2028年~2034年)の概要案も未発表である。
その一方、2024年初頭からEU各地で発生した農業者デモを受けて農相理事会は急ぎ対策を約束し、以後異例の速さで環境分野に限らず多岐にわたる農業者支援策が打たれた。やや細かくなるが主なものを挙げると、直接支払いの環境要件緩和、農村振興予算の残額を用いた気象災害支援等の農業者直接助成を許可、EU予算によらない国別助成の枠拡大、不公正取引慣行にかかる規制強化の検討と立法提案、生産者組織強化の立法提案、農業者の事務負荷低減に向けた意向調査である。
今後は戦略的対話を受けた政策の展開が予定されている。フォンデアライエン委員長は2024年7月に、戦略的対話の報告書を基礎とする食料・農業ビジョンを、同年終盤の第2期就任から100日以内に提出すると公約した。このビジョンは次期CAP改革にも影響を与えるであろう。
そこで戦略的対話による主な提言を挙げておく。①環境対策の新たな施策として、農業と食品部門の持続可能性ベンチマークを開発し、既存の様々な主体による各種基準や手法を調和させる。生物多様性の目標も盛り込む。②CAPは環境・気候対策の比重を高め、所得支持は真に必要とする農業者(小規模、青年、条件不利など)にさらに的を絞る。③CAP以外に農業・食品公正移行基金と自然再生基金を設置して環境・気候対策を支援する。地域単位の取り組みも支援対象となる。また、④棚上げとなっていたものを含む各種施策の今後の方向性につながるとみられる提言(表2)もある。
これらのうち何がどの程度ビジョンに反映されるかが注目される。このビジョンと上記の農業者対策、そしてウクライナ情勢(EU加盟交渉と予算問題)は次期CAP改革を形成する重要な要素となるであろう。また、ビジョンを受けてファームトゥフォーク戦略を実質的に再始動する準備が整うが、欧州議会の政治環境が厳しくなった中で実現は必ずしも容易ではないであろう。
(参考文献)
平澤明彦(2023a)「環境・気候対策に直面するEU農政 強まる環境部門の攻勢」JAcom 2023年4月27日 (https://www.jacom.or.jp/nousei/rensai/2023/04/230427-66375.php)
(2023b)「環境・気候対策に直面するEU農政(後編)」JAcom 2023年6月5日 (https://www.jacom.or.jp/nousei/rensai/2023/06/230605-67100.php)
(2025a)「欧州グリーンディール「自然の柱」と農業―戦略的対話へ向けて―」、 蓮見雄・高安定見編著『欧州グリーンディールの夢と現実』、 125―139頁、 文眞堂
(2025b)「「EU戦略的対話」の結論 農業と環境の両立へ」日本農業新聞、 2025年1月13日
重要な記事
最新の記事
-
ミニマム・アクセス米 輸入数量見直し交渉 「あきらめずに努力」江藤農相2025年2月12日
-
小さなJAでも特色ある事業で安定成長を続ける JAみっかびの実践事例とスマート農業を報告 新世紀JA研究会(1)2025年2月12日
-
小さなJAでも特色ある事業で安定成長を続ける JAみっかびの実践事例とスマート農業を報告 新世紀JA研究会(2)2025年2月12日
-
小さなJAでも特色ある事業で安定成長を続ける JAみっかびの実践事例とスマート農業を報告 新世紀JA研究会(3)2025年2月12日
-
求められるコメ管理制度【小松泰信・地方の眼力】2025年2月12日
-
コメの輸出は生産者の理念頼みになってしまうのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年2月12日
-
タイ向け日本産ゆず、きんかんの輸出が解禁 農水省2025年2月12日
-
地元高校生が育てた「とちぎ和牛」を焼き肉レストランで自らPR JA全農とちぎ2025年2月12日
-
変化を目指して交流を促進 JA相模原市とJA佐久浅間が友好JA協定の締結式2025年2月12日
-
カフェコラボ 栃木県産いちご「とちあいか」スイーツを期間限定で JA全農とちぎ2025年2月12日
-
2024年度日本酒輸出実績 米・韓・仏など過去最高額 日本酒造組合中央会2025年2月12日
-
「第1回みどり戦略学生チャレンジ」農林水産大臣賞は宮城県農業高校と沖縄高専が受賞2025年2月12日
-
植物の気孔をリアルタイム観察「Stomata Scope」検出モデルを12種類に拡大 Happy Quality2025年2月12日
-
「さつまいも博」とローソンが監修 さつまいもスイーツ2品を発売2025年2月12日
-
「CDP気候変動」初めて最高評価の「Aリスト企業」に選定 カゴメ2025年2月12日
-
旧ユニフォームを水素エネルギーに変換「ケミカルリサイクル」開始 ヤンマー2025年2月12日
-
世界最大級のテクノロジー見本市「CES」にて最新テクノロジーを展示 クボタ2025年2月12日
-
適用拡大情報 殺菌剤「日曹ファンタジスタ顆粒水和剤」 日本曹達2025年2月12日
-
北海道の農業関係者と就農希望者つなぐ「北海道新規就農フェア」開催2025年2月12日
-
売上高3.0%増 2025年3月期第3四半期決算 デンカ2025年2月12日