農政:どうするのか? 崩壊寸前 食料安保
米と麦から見る地域の疲弊 目先の増産にハードルも JAグリーン近江組合長・大林茂松氏2025年5月27日
米価の高騰が注目される一方で、簡単に米の増産に舵をきれない現状もある。滋賀県のJAグリーン近江・大林茂松組合長に、米と麦の収支構造と集落営農の実態から、農業経営の厳しさと食料安全保障の課題について寄稿してもらった。
JAグリーン近江組合長・大林茂松氏
人手不足の集落営農
私の集落営農法人でも田植えがいよいよ終盤にさしかかってきた。近年早生品種のコシヒカリやキヌヒカリは高温障害を避けるために5月中旬以降に田植えをしている。
一方ビール大麦は年々収穫期が早まり、5月中旬となっていることからこの時期は田植え機とコンバインが並走する姿が見られる時期となってきた。今年の作付け計画は米45:麦(麦跡大豆含む)55の比率だ。
今、このような状況で令和7年産の米作りと麦作りが進んでいる。日本の米作りは東高西低と言われるようになってきたが、令和7年産米作付けと麦の収穫が始まったところで、我がJA管内の状況から、今後の米と麦生産について考えてみた。
1月にいくつかの集落営農法人の組合長とある会合で話す機会があった。内容は米情勢と令和7(2025)年産米の集荷についてである。
今年も米の情勢があまり変わることはなさそうなので、生産の目安通り今年こそ「米を増産してくださいよ」と話すと、ある組合長から「誰が作るのか? 後継者がなく、作業に出る人が少ない、それに米はもうからない。麦や大豆の方がましだ。」との答えが返ってきた。
滋賀県では令和5(2023)年産米、令和6(2024)年産米の生産の目安を増加させてきた。しかしここ2年間の実際の生産数量はあまり増えることはなかった。
なぜなのか。この組合長の話から原因が見えてくる。
米価格上昇でも経営困難
3年前、私は本紙(農業協同組合新聞)の「迫る農業危機 農業資材高騰で悲鳴を上げる生産者~守ろう食料安保」特集の中で、その時の集落営農の状況を以下のように報告した。
令和3(2021)年度のある集落営農法人(60ha規模)の経営分析によれば、米部門では赤字、麦部門は単収向上による助成金増加で収支は黒字安定、大豆部門についても黒字を確保という結果が出た。
令和3年度生産部門別決算(令和3年1月~令和3年12月)における主要作物別結果は
【米販売収入 3,900万円 生産費 5,000万円 差引利益 ▲1,100万円】
【麦販売収入 2,390万円 生産費 2,100万円 差引利益 280万円】
【白大豆販売収入 800万円 生産費 690万円 差引利益 110万円】
【黒大豆 販売収入960万円 生産費 780万円 差引利益 180万円】
となった。
トータルしても利益は▲530万円で10アール当たり8,800円の赤字である。
※販売収入には助成金を含む。
※生産費には人件費(従事分量配当分を含む)。
ところが、"令和のコメ騒動"の中で米の状況が一変し、価格は大きく上昇し生産者手取りも大きく増えた。そこで過去のデータをもとに現状を試算してみることにした。
米価格を令和6年産米価格に、生産原価を現在の価格に置き換えて試算した。
試算の前提条件として、米価格は令和3年産と令和6年産相対価格(ともに10月)の倍率(1.95)と、生産費は令和3年生産原価のうち肥料、農薬、生産資材、燃油の倍率(1.3)を使用した。
結果は
【米販売収入 7,650万円 生産費 6,700万円 差引利益 950万円】
【麦販売収入 2,390万円 生産費 2,900万円 差引利益 ▲510万円】
【白大豆販売収入 800万円 生産費 920万円 差引利益 ▲120万円】
【黒大豆 販売収入960万円 生産費 1,000万円 差引利益 ▲40万円】
となった。
トータルで利益は280万円で10アール当たり4,600円となる。
※販売収入には助成金を含む。
※生産費には人件費(従事分量配当分を含む。)
集落営農の経営状況と米作りの現状
試算の結果、令和3年の状況から大きく変わり、米部門では肥料や生産資材の高騰、高止まりにより生産費が大きく増加するが、販売価格も大きく上昇し黒字に、半面麦部門では販売価格は変わらないが、肥料や生産資材の高騰、高止まりにより生産費が大きく上昇し赤字に、大豆部門も麦部門と同じく赤字。全体では280万円の利益となり赤字は解消し、利益は910万円増加する。
冒頭述べたある組合長の「誰が作るのか? 後継者がなく、作業に出る人が少ない、それに米はもうからない。麦や大豆の方がましだ」からすると全く逆の状況になってくる。
今の米価が今後も続くものとすれば米の面積を増やすことにより一定量利益は面積に応じて増加する。極端に言えばすべての田んぼに米を作付けすれば利益は最大になるだろう。
しかしながら、今まで集落営農は長年米の生産目安数量を守り米・麦・大豆を主体として、農作業効率の限界まで最適な労力配分をしながら労働生産性を高める経営を実践してきた。今さら米が足りないので増産しろと言われても労働力の配分ができない状況であり、ある組合長の言葉通り「誰が作るのか?」となってくる。
米は今までに水田の大規模化や大型機械化、ドローンなどのIT技術を取り入れ、また直播技術の研究を重ねながら5時間以上の労働時間短縮を進めてきた。それでも米の単位面積当たり労働時間は20~23時間、麦は7時間、大豆は5時間、子実用トウモロコシは2時間ほどで、麦・大豆・子実用トウモロコシと比べると圧倒的に多い。
さらには令和9(2027)年度より予定されている水田活用直接支払交付金と畑作物の直接支払い等の見直しもあり、麦・大豆等の収支赤字はますます増加することが想定される。そうなれば集落営農法人の経営はますます難しくなる。
令和の米騒動以来、米の価格ばかりがクローズアップされているが、日本で自給できる食料は米だけだ。ほとんどは輸入に頼っており、毎日の食生活になくてはならない、特に自給率の低い麦や大豆、飼料作物等の自給率も上げることが食料安保上極めて重要である。
そのためには、米の適正価格だけではなく、麦・大豆や飼料作物の直接支払いも含めた適正価格も十分検討する必要がある
三方よしの食料安保
令和の米騒動で米の価格が高いと心配する消費者。流通経費を転嫁したい流通業者、労働費や生産経費を転嫁し、その適正価格を求める生産者。日本の食料安保を確たるものにしてゆくためには、そのことを意識した国民の願い、即ち、生産者側の適正な価格転嫁の願い、消費者の価格安定の願い、運送業者、流通業者等の願いのいわゆる三方よし(生産者よし、消費者よし、業者よし)(生産者よし、消費者よし、日本よし)の世界でなくてはならない。つまり三者の相互理解が不可欠である。
5月15日衆議院で農畜産物の適正な価格形成に向けた関連法案が可決された。米、野菜、飲用牛乳、豆腐、納豆を検討し来年4月の全面施行を目指すこととしている。
麦や大豆、飼料作物なども加えこの法律が一日も早く有効に機能し、三方よしが実現することを願うが、それには多くの時間と労力が必要である。それまで集落営農をはじめとする生産者が持ちこたえられるのか。何度も言っているが、もうからなければ農業は続けられない。特に集落営農法人は従事分量配当の関係から、儲かることが存続の絶対条件である。
そこで、もう一つ三方よしの最適な方法として米についても生産者への直接支払なり所得補償を提案する。
それは、以前の食管制度と違って価格や数量を管理するのではなく、価格は市場に任せつつ、生産者には直接支払いや所得補償を創設し、生産費+利益に満たない部分を補填することで、米だけではなく麦や大豆、飼料作物のバランスのとれた自給向上が目指せ、消費者も安心できて、また生産者も安心できる仕組みになるのではないか。もちろんこのことについても消費者(国民)の理解が必要であることは言うまでもない。
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