農政:トランプの世界戦略と日本の進路
【トランプの世界戦略と日本の進路】根底崩れる自由貿易 国際連携でルール遵守声高に 元外務次官・薮中三十二氏2025年8月20日
日米の関税交渉は合意を見たが、双方の政府の説明に合意内容で食い違いも見られる。さらに問題は何よりもトランプ関税は国際社会が築いてきた自由貿易体制を根底から崩壊させる懸念がある。今回は元外務事務次官で大阪大学特任教授の薮中三十二氏に課題を提起してもらった。
元外務次官・薮中三十二氏
自由貿易の根底崩壊
トランプ大統領は第1期トランプ政権の時代から、貿易赤字を目の敵にしてきた。第1期政権の時代には掛け声倒れに終わった感があったが、第2期政権に入ってからは、凄まじい関税旋風が吹き荒れ、世界が80年間にわたって築き上げてきた多角的自由貿易体制が根底から崩壊する事態となっている。
トランプ大統領は1兆ドルにも及ぶ貿易赤字でアメリカが苦しんでおり、世界各国がアメリカの富を奪っていっている、貿易赤字を是正するには積極的に関税を活用するのだと宣言してきた。そして4月2日、「相互関税」を導入すると発表し、日本には24%の関税が課されることになった。トランプ政権は、この相互関税は国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく措置だと説明したが、アメリカでは、関税引き上げの権限は米国議会にあると憲法に明記されており、アメリカの憲法上、相互関税は到底正当化できるものではない。「相互関税」を発表した翌3日、トランプ政権は輸入車への25%の追加関税を発動した。この自動車関税は、それ以前に発動されていた鉄鋼・アルミニウムへの50%関税とともに、米国通商法232条、安全保障上の脅威を盾に実施された。
WTO逸脱の一方的関税引き上げ
日本は担当の赤澤大臣が8度も訪米するなど、精力的に対米交渉にあたってきた。その甲斐あってか、7月22日、大どころの国としては最初に交渉がまとまり、相互関税および自動車関税が15%でまとまったと発表された。この日本に続き、EUおよび韓国も15%で合意を見たと発表されたこともあり、日本の交渉者は胸を張って自慢げにさえ見えた。しかし5%前後だった関税が15%に一方的に引き上げられる話であり、決して喜ぶべきものではなく、また、WTOのルールからは大きく逸脱した結果である。また、日本がミニマムアクセスとして輸入しているコメのうち、アメリカから34万トン輸入されていたが、これを75%増大することも発表された。
さらに問題なのは、この15%関税を「勝ち取る」ために、巨額の対米投資を約束したことである。日本はアメリカに対し5500億ドルの投資を行うことが報じられた。日本円にして81兆円にも及ぶ巨額の対米投資である。この巨額の対米投資は大問題である。私は、かねてから、日本の30年にわたる経済低迷の主因は、日本企業が大きな投資を日本国内で行うことに臆病になったことにあると考えてきた。そうした中で、さらに大規模な投資をアメリカに対して行うというのは大問題ではないか、というのが直感的な受け止め方であった。経済低迷の主因論議は少し詳しい説明が必要だが、要点を一言で言うと、日本が1990年の日米構造協議において、アメリカから(イ)日本の貿易黒字は日本の構造的要因に起因している(ロ)日本企業が大胆な投資をして、結果的に他を圧する競争力を持っているのは、株主の利益に配慮しないからだ(ハ)アメリカでは四半期毎の業績を公表し、利益が上がれば株主への配当を優先するが、日本企業は株主への配当などは行わず、将来への投資に充てている(ニ)日本企業は株式の持ち合いをやめ、四半期毎の業績結果を発表し、利益は株主への配当を優先すべきだ、と断じてきた。
バブル崩壊と日米交渉
私は当時、日米交渉の実質的な責任者の一人であったが、アメリカの主張に対し、四半期ごとの業績を重視するなどというのは近視眼的な経営だと反論を試みたが、大きな流れとしてはアメリカの主張が罷り通る結果となった。時代は1990年代、バブル経済が破綻し、金融不安が日本を襲っていた時だった。その時代に登場したキーワードが「コーポレート・ガバナンス」だった。これからは、アメリカが強調した透明性と社会及び株主への説明責任が重要だ、すなわち、コーポレート・ガバナンスだ、となった感があった。
「コーポレート・ガバナンス」万能の時代にあって、四半期ごとの業務成績が重要となると、経営陣は新規投資について臆病になった。これでは日本企業が成長するはずがない。
また、日本経済の長い停滞の主因として賃金が上がらなかったことも指摘されているが、この賃金凍結状態も「コーポレート・ガバナンス」に起因するものである。「コーポレート・ガバナンス」下にあって、賃金はコストと認識され、コストである以上、少ない方が企業の経営にとって望ましいと判断されたのだった。
各企業は利益が出ると、株式配当に優先し、さらに利益を内部留保という不思議な名目で企業内に積み上げ、さらには自社株買いまで行うようになった。これも株価を上げることにつながるとして、機関投資家が推奨したものだった。このような経営姿勢がまかり通ってきたため、新規の大胆な投資は控えられ、日本経済が大きく成長する可能性が抹殺されたと私は考えている。
EU、アジアとの連携強めよ
日本経済停滞論が長くなってしまったが、本題に戻ると、日米関税合意に関しては合意文書が作られなかったことが問題とされてきた。政府は文書を作ろうとすれば時間がかかり、迅速な対応ができない説明してきた。しかし、投資をめぐり、日米間の理解の違いが直ちに顕在化した。少なくともプレス用の共同ガイドラインくらいは作るべきであった。
8月1日に入り、アメリカが各国に課す関税水準が発表されたが、日本については15%を超える関税品目については従来通りの関税が適用されるという日米合意が反映されていないことが大きな問題となった。例えば、牛肉について従来の関税26.4%がそのまま適用されるはずが、何ら手当がされず、読みようによっては15%を加えた41.4%となることが問題となった。
この点については9度目の訪米に当たった赤澤大臣が米側、ラトニック商務長官と会談し、米側の事務的なミスであり、適時に修正される、そのタイミングは自動車関税15%の発動と同時期になるとの説明を受けたとのことだった。いささかお粗末な日米合意であり、しかも新しい自動車関税がいつ発動されるのか明示されていないのが大問題である。
トランプ関税をどう評価すべきか、そして世界はこのアメリカにどう対峙しいていくべきか、極めて悩ましい問題である。まず、トランプ関税は、世界がこれまで作り上げてきた多角的自由貿易体制とWTOのルールを根底から崩すことは間違いない。しかし、何といってもアメリカは世界一の経済大国であり、貿易面でも最大のマーケットである。このため、トランプ大統領のやってきている関税政策がおかしい、大問題だと考えても、正面からトランプ大統領と喧嘩することは賢明ではないというのが大半の国の受け止め方である。このため、日本と同様、EUや韓国も15%関税を受け入れるとともに、大規模な対米投資を約束してしまっている。
しかし、日本はEUなどとも連携し、国際的にWTOのルールを遵守すべきことを声高に主張していくべきである。そして日本が主にアジア諸国と結んでいるTPPやRCEP協定も強力に推進していくべきである。
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