(016)「杜子春」と「山月記」2017年1月27日
芥川龍之介の著作は40年以上前の中学時代にいくつか読んだが、その多くは何となく忘れてしまい、今でも内容を明確に覚えているものはいずれも児童向けとされている「蜘蛛の糸」(1918年)(注1)と「杜子春」(1920年)(注2)位であろうか。特に「杜子春」は良く覚えている。1892年生まれの芥川がこれらの作品を書いたのが26-28歳位のことだとすれば、その才能の凄さに今更ながら驚くばかりである。
さて、「蜘蛛の糸」は、わずかばかりの善行をした主人公が、折角差しのべられた救いの糸を、「...この蜘蛛の糸はおれのものだぞ。お前たちは一体誰に聞いて、のぼってきた。下りろ。下りろ。」と喚いた瞬間、切れる話である。
何を教訓とするかは人により異なるが、要は何事も、自分だけが助かりたい、良くありたいということではいけない...ということであろう。
「杜子春」については後にテレビアニメにもなったようだがそちらは知らない。原作は短いが、行間には多くの訴えるものがある。
とくに、あぶく銭を得た杜子春が洛陽一の大金持ちになり、仕放題の贅沢を繰り返す様は、現代ではバブル長者や富裕層、そのとりまきの人々にでもなるのだろうか、人の業の深さが見事に描かれている。そして、地獄に落ちた両親が鬼たちの責めの中でも杜子春を見て「私たちはどうなっても、お前さえ...」という場面は、自分が人の親になると、また異なる気持ちで読むことができる。
かつては、人として守るべき、最低限のことは何かという倫理的な一線が、こうした子供向けの話の中にも随所に描かれていたと思うと、教育とは何かについて考えざるを得ない。
※ ※ ※
一方、少し時間が下がり、高校時代に初めて中島敦の「山月記」(1942年)(注3)を読んだ時にも大きな衝撃を受けた記憶がある。1909年生まれの中島が『古潭』という形で「山月記」と「文字禍」を発表したのが1942年7月、33歳の時である。中島はこの年の12月には没している。短い一生の中によくぞここまでの作品を書き上げたものだと雑文書きの末端の筆者としては驚き以外の何物でもない。
当時、現代国語の教科書に掲載されていた「山月記」の文体には、作者の漢籍の素養が溢れ、極めて格調高く、初めて学ぶ高校生には現代国語を学んでいるのか漢文を学んでいるのかわからない位であった記憶がある。それでも、「隴西の李徴は博学才頴、天保の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。」という冒頭部分は今でも覚えている。それだけ印象が強かった。地図帳を片手に作中の地名を探したものである。
もともと優秀な李徴であるが、人食い虎に身を落とした理由は何か。結局のところ、自分自身の「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」であるとしている。自らは優秀であるが故に努力をしなくても大丈夫という勝手な思い込みならまだ良いが、努力は才能の無い人間が行うこと、つまり自分に才能が無いことを認めることであり、これを恐れたが故の怠慢...という告白、現在でも深く考えさせられる。そして、虎に身を落としても、まずは仕事(詩作)を残すことばかり考え、残された家族のことなど最後の最後にしか言えない自分を人としてどうかという事実をも冷静に見据えている。
※ ※ ※
さて、米国の新政権や英国のEU離脱、そして中国の台頭という大きな流れの中で日本の食料と農業はこれからも乗り越えるべきいくつものハードルに直面するであろう。現実的な課題を考えているときに、古の賢者の知恵にすがりたくなったのであろうか、ふと昔の記憶が蘇り、ネット(青空文庫)でなつかしい作品を読んでみた。
いずれの作品もすぐに読める。上記では触れなかったが、中島敦の「李陵」(1943年)(注4)も名作である。併せて是非、一読して頂きたい。
目の前の大きな変化とは別に、時間の試練を乗り越えた作品からは個人レベルではどうにもならない大きな変化に直面した際、その変化をどう受け止めるかについて、新たな発見がいくつもあると思う。
注1:芥川龍之介『蜘蛛の糸』青空文庫。
注2:芥川龍之介『杜子春』青空文庫。
注3:中島敦『山月記』青空文庫。
注4:中島敦「李陵」青空文庫。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(168)食料・農業・農村基本計画(10)世界の食料需給のひっ迫2025年11月15日 -
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(85)炭酸水素塩【防除学習帖】第324回2025年11月15日 -
農薬の正しい使い方(58)害虫防除の考え方【今さら聞けない営農情報】第324回2025年11月15日 -
【地域を診る】「地方創生」が見当たらない?! 新首相の所信表明 「国」栄えて山河枯れる 京都橘大学学長 岡田知弘氏2025年11月14日 -
【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】コメを守るということは、文化と共同体、そして国の独立を守ること2025年11月14日 -
(461)小麦・コメ・トウモロコシの覇権争い【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年11月14日 -
根本凪が農福連携の現場で制作「藍染手ぬぐい」数量限定で販売 JAタウン2025年11月14日 -
北陸初出店「みのる食堂 金沢フォーラス店」29日に新規オープン JA全農2025年11月14日 -
農協牛乳を使ったオリジナルカクテル「ミルクカクテルフェア」日比谷Barで開催2025年11月14日 -
宮城県産米の魅力を発信「#Teamみやぎ米キャンペーン」開催 JAグループ宮城2025年11月14日 -
農林中金とSBI新生銀行が業務提携へ 基本合意書を締結2025年11月14日 -
創立60周年となる通常総会開催 全農薬2025年11月14日 -
米による「農業リサイクルループ」を拡大 JR東日本グループ2025年11月14日 -
食と農をつなぐアワード「食品アクセスの確保」部門で農水大臣賞 セカンドハーベスト・ジャパン2025年11月14日 -
「有機農業の日/オーガニックデイ」記念イベント開催 次代の農と食をつくる会2025年11月14日 -
「11月29日はノウフクの日」記念イベント開催 日本農福連携協会2025年11月14日 -
スマート農業で野菜のサプライチェーンを考える 鳥取大で12月19日にセミナー開催 北大スマート農業教育拠点2025年11月14日 -
農泊・農村ツーリズム「農たび・北海道ネットワーク研修会」開催2025年11月14日 -
農地のGHG排出量を推定・算出 営農改善を支援する技術で特許を取得 サグリ2025年11月14日 -
農機具王 農業インフルエンサー「米助」と協業開始 リンク2025年11月14日


































