農村共同体の破壊 ―多国籍企業の利益を最優先する安倍政権―2017年4月2日
安倍政権は農業改革の看板の下に通常国会に8本の法律案を提出する。安倍首相は3月27日の記者会見で、「農業を魅力ある成長分野に変え、農家の皆さんの所得を上げてまいります。そして、若い皆さんが農業に未来や夢を託すことができる農政新時代に向けて、道を切り拓いていきたいと思っています」と述べたが、美辞麗句に惑わされてはならない。
◆農業競争力強化とは何か
2012年12月の総選挙に際して安倍自民党は「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。」と大書きしたポスターを貼り巡らせて選挙を戦ったが、選挙から3ヵ月も経たぬうちにTPP交渉への参加を決めた。コメ、麦、肉、乳製品、砂糖の重要5品目は聖域として守るとしたが、TPP合意で除外品目とされたタリフラインは皆無だった。
消費税増税では「再び延期することはない、はっきりとそう断言する」と言いながら、再延期を決定して「新しい判断」と居直った。今般の国会では、森友学園の土地取得問題に「自分や妻が関与していたら総理大臣も国会議員も辞めることをはっきりと申し上げる」と明言しながら、妻の関与が濃厚になると、詭弁を弄して「関与はない」と言い張り、昭恵夫人の国会での説明を拒絶し続ける。このような政治に信頼が生まれようがない。「信なくば立たず」というのが日本政治の残念な現状である。
農業改革が目指しているのは、「農家の農業」を再興することではない。むしろ「農家の農業」を解体して、「大資本による農業」を構築することである。農協、全農を解体し、巨大資本が支配する新しい農業産業を日本に構築することが目指されている。その本質を正確に捉えた上で、安倍政権の農業改革に対応することが求められている。
◆市場原理至上主義
安倍政権が目指す新しい産業としての農業構築にとって、邪魔になる存在が協同組合としての農協である。農協には多面的な機能がある。単に生産の効率を追求する存在でないのが農協の最大の特徴でもある。
経済的に強くはない立場に置かれる個別の農家による相互扶助、コミュニティーの構築、平等性の確保、保険の機能などを農協が担ってきた。単純に経済効率だけを追求する存在ではないのが農協の特性である。しかし、農家の連帯を生み出し、強い政治的影響力を有する農協、全農の存在が、市場原理で農業を支配する目論見にとっては最大の障害であり、脅威なのである。
もちろん、日本の農業を改良しなければならないことは事実である。農業就業人口が過去20年間で半減し、しかも農業人口の平均年齢が66歳。65歳以上の農業人口が65%を占有する。耕作放棄地が増加し、農業産出額が減少する日本農業の再興は国民的課題である。
しかし、この現状をテコにして、日本農業を「農家の農業」から「大資本の農業」に改変することがもたらす負の側面を考慮せず、市場原理万能主義に突き進むことは大いなる誤りである。
農業は国民生活の根幹に位置する。とりわけ、食の安全・安心と市場原理至上主義とは根本的な相克の関係にあることを見落とすことができない。また、金銭的な効率だけを追求する、産業としての農業の側面しか考慮しない一面的な思考は、農業の「多面的機能」を完全に見落としたバランスを欠いた判断である。
農業は、国土保全機能、生物多様性保全機能、景観保全機能などの重要な機能を発揮するだけでなく、農村が兼ね備える共同体としての機能をも付与するものである。こうした多面的機能を維持することと農業の効率性上昇、永続性確保とを両立させる方策こそ、考察されなければならない課題なのである。
◆キャスティングボートを握る農協票
現行の選挙制度においては、農村地帯において一票の価値が重い。衆議院の小選挙区制や参議院の1人区において、現与党の自民党にとって農村票の獲得は死活問題である。安倍自民党が農村票を失えば、たちどころに与党から転落することになる。
民進党の最大の支持母体である連合の組合員数が675万人であるのに対して、農協の組合員数は1000万人である。なおかつ、農村地帯の一票の重みは都市部よりもはるかに重い。
農業従事者は政治のキャスティングボートを握っていると言っても過言でない。その重要な農民票を保持する農業従事者に対して自民党が目論んでいることは、冷酷な切り捨てであると言わざるを得ない。
農業を市場原理だけで運営するときに何が起こるのか。「儲かる農業」と言われるが、「儲かる農業」の主語は誰になるのかを考える必要がある。農協から共済事業と信用事業を切り離せば、農協の経営が立ち行かなくなるのは火を見るよりも明らかである。大資本が儲かる農業であって、これまでの農民は切り捨てられる。施策を推進する目的がどこにあるのかを考えなければならない。
市場原理が支配する農業を構築するに際して、邪魔な存在になる組合組織としての農協を破壊する。新たな農業の担い手は、農協ではなく巨大資本になる。
この巨大資本は国内資本とは限らない。恐らく、グローバルな統一市場を形成して利益の極大化だけを追求する巨大資本が、その中核を担うことになるだろう。この巨大資本が支配するのは農業生産だけではない。流通、加工、物流、そして種子、農機具、農薬ビジネスまでをも包摂することになるだろう。
◆市場原理よりも大事な価値がある
安倍政権が日本農業の改変に突き進むのは、安倍政権がグローバルな巨大資本の指令の下に動いているからに他ならない。日本の農業者、そして、主権者国民にとっては、ほとんど百害あって一利のないTPPに安倍政権が突き進んだことが、その何よりも証左である。
米国のトランプ大統領がTPP離脱方針を明示したのであるから、これを天佑としてTPPにブレーキをかけるべき日本政府がTPP承認に突き進んだのは国民に対する背信行為そのものである。その理由は、安倍政権が日本国民の利益ではなく、多国籍企業の利益を最優先しているからとしか考えようがない。
しかし、この安倍政権にもアキレス腱がある。それは、国内の選挙で勝利し続けなければ、現在の政策を維持できないことだ。そして、そのキャスティングボートを握っているのが、日本の農村地帯なのである。
農村地帯の主権者は、いまこそ安倍政権の市場原理至上主義に、明確にNOを突き付けるべきである。農業者の多くが自民党政治を支えてきた歴史があるのは事実だが、それは、自民党政治が農業者の利益を一定程度守ってきたからである。
しかし、現行の安倍政権の「農業改革」政策は、農家の利益を守るものではない。農村の文化と伝統と国土を守るものでもない。究極の狙いは、市場原理を農村地帯にまで浸透させること。すべての多面的な価値を犠牲にしても、巨大資本の利潤追求だけを唯一の尺度として、農村と農業を改変することなのである。
その結果として、地域のコミュニティーは破壊され、農村の文化も伝統も消滅することになるだろう。さらに、消費者が重視する食の安全、安心も崩壊してしまうことになる。この流れに歯止めをかける力を持つのが、日本の農業関係者の良識なのである。
その重要性をいまひとたび、じっくりと見つめて欲しい。
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