幕末に藩際交易を実現 梅田雲浜2018年3月11日
◆ 貧乏志士の鑑
梅田雲浜は名を源二郎といって、越前小浜(福井県小浜市)藩士だ。現地では小浜のことを〝雲の浜〟といった。梅田はそれをとって雲浜と号した。崎門派(山崎闇斎の学派)山口管山に学んだ学者だ。近江大津(滋賀県大津市)に出て、湖南塾という塾を経営した。
やがて京都に出て小浜藩が管理する望南軒で講義した。熱心な尊皇攘夷論者で身をおく小浜藩酒井家の親徳川色とは合わない。
「いまは国難の時勢だから」
と、藩論を尊皇攘夷に変えようと意見書を藩に送りつづけた。藩主は譜代大名酒井忠義で、保守派の重鎮井伊直弼(彦根藩主)に重用されている。井伊は大老になる前から腹心長野主膳を京都に送り込み、いわゆる志士の動向をつぶさに調査させていた。誰に聞いても梅田の名が出てくる。長野は酒井に
「梅田は危険な男です。注意してください」
と警告した。酒井は京都所司代に任命され梅田を監視した。梅田は次第に身動きがとれなくなった。生活も苦しくなった
「妻は病床に伏し子は飢えに泣く」というのはこのころかれが詠んだ有名な詩だ。京都に集まった志士たちは、
「梅田さんはわれわれの鑑だ」
と尊敬した。梅田は貧乏志士の手本だったのだ。
しかしその梅田はある計画を立てていた。それは大津時代から京都にきてからも、有力商人たちから、
「長州藩と上方商人との間で物産の交流をおこないたい。そのための商会設立のせわをしてほしい」と頼まれたからだ。上方では京都・大阪・奈良の商人たちが連盟していた。
梅田は迷った。商人が梅田を見込んだのは、かれにひそむ商才を発見したからだろう。梅田自身もこの事業には魅(ひ)かれるものがある。しかし実行すれば仲のいい吉田松蔭あたりから、
「梅田さんはいつから商人になったのだ」
といわれかねないし、梅田を尊敬する多くの志士たちからも、
「妻は病床に伏し子は飢えに泣く、と絶叫したあの梅田さんは、一体どこに行ったのですか」と、非難される。
「志士の鑑梅田雲浜の名も金銭によって汚されるのだ」と梅田は悩んだ。が、かれは決断した。商人たちの企てに乗ろうと心をきめたのだ。理由は、
「この企ての実現によって、長州藩も上方の志士たちもゆたかな攘夷資金を得られる」
と判断したからだ。
決断すると梅田は長州に行った。長州藩は首脳部の入れ替えがあって、経済を重視する坪井久九右衛門が藩老になっていた。藩内生産品を輸出する役所(越荷方)も設けられていた。
「あの高名な梅田先生がそのようなお仕事を?」
と人間巧者の坪井は目を見張りながら、梅田の案にききいった。たちまち、「願ってもないこと」と賛同した。その場で梅田は「長州藩物産掛」に任命された。
上方に戻った梅田は商人たちを組織し、「上方商会」をつくった。交易商品としては、長州から米・紙・塩・蝋など。上方からは衣類や綿製品が多かったという。交易は軌道に乗った。梅田のくらし向きもよくなった。志士の中には、
「梅田さんは商売がうまくいって、活動資金も潤沢だ」
と羨む者が多かったという。遠い長州からは吉田松陰が、
「梅田先生の本質は商人だったのか」
と嘆いている、という噂が流れてきた。
◆新しい流通ルートを創設
しかし梅田は動じなかった。物産交流はモノのタテワリ交流をヨコワリにした。藩内消費が主であった生産と消費を、藩外に拡げることによって他藩人に、
「こんな物がつくられていたのか」
と目をみはらせ、そこでも生産するきっかけをつくった。
同志から非難されようと、梅田には
「商会活動によって攘夷資金を得ているのだ」という、自覚と誇りがあった。
幕末維新史の中では、梅田のこの商業活動と、かれが真っ先に槍玉にあげられる〝安政の大獄〟とのかかわりについては、余り深く追及されてはいない。しかし私の下司の勘ぐり的考察では、こういう試みがたとえ幕末でも誰もが大目にみていたかどうかは、大いに疑問だ。
「梅田雲浜は長州藩と商売をして儲け、その儲けを攘夷の活動資金にしている」
という一言で十分だ。幕吏はすぐとびつくはずだ。市井からのチクリは、長州藩と上方商会の独占交易を不快視し、半ば嫉視(しっし)していた層からのものだろう。
梅田につづいて梁川や梁川星嚴や頼三樹三郎さらに橋本左内や吉田松陰が検挙された。松蔭の検挙は、
「梅田雲浜との関係」だ。後年の梅田を商人と詰(なじ)ったくらいだからこの疑いはすぐ晴れた。別件(幕府要人の暗殺)を松蔭自身がゲロしたため、斬首されてしまった。
大獄のブラック・リストは主として長野主膳が作成した。この時の狙いは、
「個人で藩政批判や反幕思想を抱く者」
が多い。これは長野の主人井伊直弼のもっとも嫌うところだった。梅田はその先頭にいた。もちろん梅田は尊皇攘夷の旗振りだ。しかし同時に当時の固定した物流ルートに、新しく「私設ルート」と設定したことも事実だ。チクリや断罪する側にこの面に注目する層がいなかったのだろうか。
幕末の政治と経済の絡み合いは、泥々していてはっきりしない面が多い。
ただ討幕といって、武力で幕府を倒す西南諸藩は、藩の生産品を専売制にし藩際交易によって利益を得、その利益でヨーロッパの最新式武器を買入れた所が多い。そう考えると志士梅田雲浜の維新百五十年に対する功績も、もう一条別の光をあててもいいような気がする。
(挿絵)大和坂 和可
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