【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第19回 大豆粕と日本農業、戦争2018年9月13日
前回述べた大豆粕、これは戦前の日本農業に深くかかわっていた。
私の幼いころ、「まめかす」と呼んでいた大豆粕を生家の小屋でよく見かけたものだった。黄色と白色の粒々と粉(これが大豆の油を搾った粕とのことだった)が直径40~50cm、厚さ10cmくらい(ではなかったかと思うが、子どもだから大きく見えたかもしれない)の円板状に固められ、その真ん中に5円玉のように穴(直径20cmくらい)が空けられていた。重くて、幼い子どもが持つのは大変だった。
なお、穴は運搬のためにあけたもので、満州では数個の大豆粕の穴のなかに天秤棒を通し、棒の両端を二人で担いで運ぶのだというのだが、本当かどうかわからない。
まめかすは食べられるというので試しに削って食べてみたが、うまいものではなかった。
この満州産の大豆粕はきわめて良質の有機質肥料で収量を増加させるものであり、しかも低価格だったため、北海道産の魚粕(「さがなかす」と呼んでいた)とともに、明治以降主作物の水稲に施用するようになった。
しかし、こうした有機質肥料の多投は作物の栄養成長だけよくして生殖成長を妨げ、徒長や倒伏、病害虫の多発、雑草の繁茂をもたらしたりする。その結果今までよりも収量が下がってしまう危険性がある。それでは何にもならない。
そこで必要となるのが、肥料を多投しても青立ちしたり、倒れたりしない品種、また病害虫に抵抗性をもつ品種、つまり耐肥性・耐倒伏性・耐病性・耐虫性をもつ品種の開発と導入である。東北や山間部の寒冷地ではそれに耐冷性が加わる。弱々しく育ってしまったり、実りの時期が遅くなったりしたら冷害をうけるからである。
もう一つ必要となるのが、多くの肥料をいかに必要な時期に必要な量を散布するか、病害虫をいかに防ぐか、雑草をいかに除去するか、灌排水などのさまざまな管理をどのような時期にどう行うかである。
それから根が張りやすいように田んぼを深く耕すことも必要となる。
そこで農民は、また試験研究機関は、こうした多肥多収技術の確立に取り組み、明治中期にそれを確立した。
稲作に関して言えば、魚粕・大豆粕の投入に耐えられる多肥多収品種の開発、牛馬耕による深耕、田押し車(人力除草機)の開発と普及、そのための水田の乾田化・区画整理の推進と正条植えの導入、健苗育成のための塩水選の導入に努め、それ等の一連の稲作技術体系を1890年代に確立させ、生産力を大きく高めた。その技術体系は「明治農法」と呼ばれたが、こうした技術は他の作物でも採用されるようになった。
つまり、肥料を多く投入し、それに対応した多肥多収品種を開発採用し、周到綿密な管理と労働を施して多くの収量を得ようとする栽培方式が他の作物でも採用され、それは日本農業の特質、日本農業独特の体系とまで言われるようになったのである。
私の生まれた昭和初期には大豆粕や魚粕などの有機質肥料に代わって硫安などの化学肥料が導入されつつあったのだが、戦後はその化学肥料に完全に置き換わった。そして化学肥料と農薬投与と周到綿密な肥培管理を基軸とした多肥多収農業が1960年代まで続き、世界でも冠たる土地面積当たり収量=土地生産性の高さを誇ってきた。
この評価はここではおくが、こうした増収追及、土地生産性向上技術の追求が近年忘れられているのではなかろうか。限られた土地から多くの生産をあげることは日本においてはもちろん世界的にも重要だと思うのだが。
それはそれとして大豆粕の話に戻るが、この輸入の当初は日本の大豆生産に悪影響は与えず、大豆の栽培面積は増えるくらいだった。しかし、第一次世界大戦以降、日本の商社は大豆粕ばかりでなく大豆・大豆油の日本への輸入を本格化し始めた。これは当然日本の大豆生産に影響を与え、栽培面積は減少の一途をたどるようになった。大豆粕は米などの多収をもたらすと同時に、大豆生産の衰退をもたらすという影響を与えたのである。
さらに、大豆粕・大豆・大豆油の大豆三品は満州侵略の一因となって日本を太平洋戦争へと向かわせ、やがてその戦争は農業生産を衰退させて国民を飢餓に追い込むことになった。
それからもう一世紀近く経った。世の中は大きく変わった。
かつて大豆の輸出大国だった中国は、その輸入大国だった日本の武力攻撃を受けたが、大豆の輸入大国となった現在の中国は輸出大国のアメリカの関税攻撃を受けようとしている。「大豆」は紛争の種子になり、「中国」が立場を逆にしてだがともにそれに関わっているのである。
大豆は不思議な作物だ。世界的には油糧作物として位置づけられてきたのだが、今や飼料作物(もちろん大豆の搾り粕だが)としても重視されるようになり、しかも相も変わらず国際紛争惹起作物のようでもあり(大豆にとってはいい迷惑だろうが)、私たち日本人にとっては食用作物でもあり、かつては肥料用作物(これも大豆粕だが)でもあったのである。
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