【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(110)「節度」と「節度使」2018年12月7日
現代日本語で「節度」とは何か。辞書を見ると、最初の意味は「度を越さない、適当なほどあい」(広辞苑)、あるいは「ゆきすぎのない、ちょうどよい程度」(明鏡)、とある。複雑な説明などしなくても、恐らく、多くの日本人にはしっくりくるであろう。
これらの意味における「節度」は、「節度を守る」あるいは「節度がない」などの用法がよく知られている。英語で言えばmoderation、アリストテレスの言う中庸ということか。要は何事もやり過ぎないことだ。何故このようなことを言うかというと、どうも人間というのは「節度」を守るのが難しい生き物のようだからだ。
何かが良いとなれば、右も左も一斉に同じ方向に進む。短期的にはそれが生産性や効率性、そして何よりも収益性を最大化することはほぼ間違いないが、常に変化する環境の下では同じ状態が継続することなどあり得ない。全員が同じ方向を向き、同じことを実施していればある方向には抜群の強さを発揮しても、予想もしない方向から受ける攻撃には極めて弱い。このようなことは、あらためて記すまでもなく、古今東西の歴史の中で繰り返し行われてきたにもかかわらず、現代でも我々は同じことを繰り返している。
農業の分野も同様である。最もわかりやすい例は、ある特定の作物、あるいは特定の作物の特定の品種だけを継続して栽培すれば、いずれは地力が衰えるだけでなく雑草や害虫への抵抗性にも影響が出る。収量の多い品種だけに偏る栽培をした場合、短期的に高収益をあげられても、予想もしない病原菌により一斉に被害を受けることは、19世紀のアイルランドにおけるジャガイモ飢饉(Great Famine:大飢饉)の例を持ち出すまでもなく、世界中に似たような事例がある。
これらの状況を厳密に分析すると、発生当時の遺伝的多様性の有無や、実際の病原菌、つまり感染源、そしてその病原菌を媒介した宿主などが各々主要な役割を担っていたことや、当時の農業をめぐる制度、政策の影響など複雑にからんでいることがわかる。それは確かにそうだが、筆者にはつまるところ、根本は人々が「楽」で「高収量」かつ「味が良い」、そして「儲かる」という誰もが望むモノに過度に依存しすぎていたことが大きいと思われて仕方がない。言い換えれば、適当なほどあい、つまり「節度」を喪失したために起こった悲劇なのであろう。
シェアや利益の獲得は重要だが、適度なところで思いとどまらず徹底的に相手を叩き潰すか、排斥する。あるいは、価値観が異なる人々や企業・組織は認めず、徹底的にやり込める。農産物の生産だけでなく、企業組織や日常の経営管理の手法にも同様な雰囲気が見られることが多い。これは正直困ったものだ。選択肢すら無いのは論外である。
逆に、誰が責任者なのかが全くわからないほど多様な価値観と手法が存在する組織や団体が現実世界で競争力と持続性や安定性を確保できるかどうか。これも極論である。自然環境や過去からの歴史・経過により、どうしても外部に依存しなければならないモノもあれば、だからといってそれを全て外部依存にしてしまえば良いというものでもない。恐らく最適解は両方の極論の中間に複数あるいは幅を持って存在するはずだが、「節度」を持ち、労を惜しまず「落としどころ」を探る人や組織が少なくなりつつあると感じている。全勝ではなく、1勝1敗、あるいは引き分けで良いではないか。
ところで、冒頭に述べた「節度」の意味には、他に「指図」や「下知(げじ)」、「指揮」「指令」という意味がある。10世紀の中国、唐代末期から五代十国の争乱の時期、辺境には司令官として「節度使」(律令制には無い令外官である)が置かれ、本来の軍事上の辺境守備という権限を越え、行政面においても絶大な権力を振るった。これは「武断政治」として悪名が高い。これに近い役割を現代で言えば、さしずめ各種委員を務めるコンサルタントや学者なのかもしれないと考えると、国や県の仕事に多少は関わるわが身を振り返り、身を引き締めざるを得ない。
「節度」を守らない「節度使」はブラック・ユーモアでは済まないとつくづく考える次第である。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
米の価格 前週比▲48円 3週連続下落 農水省調査2025年6月17日
-
【サステナ防除のすすめ2025】水稲の本田防除(1)育苗箱処理剤が柱2025年6月17日
-
【サステナ防除のすすめ2025】水稲の本田防除(2)雑草管理小まめに2025年6月17日
-
米 収穫量調査 衛星データなど新技術活用へ2025年6月17日
-
価格高騰で3人に1人が米の消費減 パンやうどん、パスタ消費が増加 エクスクリエの調査から2025年6月17日
-
【JA人事】JA中野市(長野県) 望月隆組合長を再任2025年6月17日
-
備蓄米の格安放出で農家圧迫 米どころ秋田の大潟村議会 小泉農相に意見書送付2025年6月17日
-
深刻化するコメ加工食品業界の原料米確保情勢【熊野孝文・米マーケット情報】2025年6月17日
-
2025年産加工かぼちゃ出荷販売会議 香港輸出継続や規格外品の試験出荷で単収向上を JA全農みえ2025年6月17日
-
2024年産加工用契約栽培キャベツ出荷販売反省会を開催 旬別出荷計画の策定や「Z-GIS」の導入推進を確認 JA全農みえ2025年6月17日
-
和歌山「有田みかん大使」募集中 JAありだ共選協議会2025年6月17日
-
【浅野純次・読書の楽しみ】第110回2025年6月17日
-
転職希望者対象に「農業のお仕事説明会」 6月25日と7月15日に開催 北海道十勝総合振興局2025年6月17日
-
「第100回山形農業まつり農機ショー」8月28~30日に開催 山形県農機協会2025年6月17日
-
北海道産赤肉メロン使用「とろける食感 ぎゅっとメロン」17日から発売 ファミリーマート2025年6月17日
-
中標津町と繊維リサイクル推進に関する協定締結 コープさっぽろ2025年6月17日
-
神奈川県職員採用 農政技術(農業土木)経験者募集 7月25日まで2025年6月17日
-
【役員人事】ノウタス(6月17日付)2025年6月17日
-
「九州うまいもの大集合」17日から開催 セブン‐イレブン2025年6月17日
-
農薬出荷数量は1.5%増、農薬出荷金額は2.8%増 2025年農薬年度4月末出荷実績 クロップライフジャパン2025年6月17日