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コラム:食料・農業問題 本質と裏側

【鈴木宣弘・東京大学教授】

2019.01.10 
【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】保護主義VS自由貿易=国民の利益VSオトモダチ(グローバル企業)の利益一覧へ

 日本は「保護主義と闘う自由貿易の旗手」かのように振舞っている。規制緩和や自由貿易を推進して国内外を規制のない「自由市場」にすれば、「対等な競争条件」で社会全体の経済利益が増大する、との見方を受け入れる人は多いように思われる。しかし、本質は、日米などのグローバル企業が「今だけ、金だけ、自分だけ」で儲けられるルールをアジアや世界に広げようとする企みである。日本企業も、アジアへの直接投資を増やして企業(経営陣と株主)利益は増えるが、現地の人は安く働かされる。国内の人々は安い賃金で働くか失業する。だから、保護主義VS自由貿易、実は、国民の利益VSオトモダチ(グローバル企業)の利益と言い換えると本質がわかりやすい。彼らと政治(by献金)、行政(by天下り)、メディア(byスポンサー料)、研究者(by研究資金)が一体化し、国民の命さえ犠牲にしてもはばからない。
 本質を見抜き始めた米国民はTPPを否定した。一方、日本は「TPPゾンビ」の増殖に邁進している。実は、米国のPew Rsearch Centerの調査(2018)では、国際貿易によって国民の雇用が増える or 減るかへの回答は、増加vs減少=36%vs34% (米国)、21%vs31%(日本) と、日本人のほうが相対的に多くが貿易は失業につながる懸念を持っているのに、政治の流れはそれに逆行している。
 その理由の1つは、日本では国民を守るための対抗力としての労働組合や協同組合がその力を巧妙に削がれてきたことにある。日本の最大労組は雇用者側組織に変貌し、国民の雇用が失われるTPPに賛成した。米国では最大労組のAFL-CIO (米労働総同盟・産業別労働組合会議)がTPP反対のうねりを起こす大きな原動力となったのと対照的である。
 経済学においても、米国では、新自由主義経済学が「現実を説明できないし改善できない」として急速に見直されている。人間は古い経済学テキストの架空の「理論」(利己的個人)のようには行動しないことを実験で実証する「行動経済学」なども発展してきた(この分野が2017年のノーベル賞を受賞した)。この事実を米国でシカゴ学派の経済学を叩き込まれて帰ってきた日本の「信奉者」たち(無邪気に信じているタイプと意図的に企業利益のために悪用しているタイプの2通りがある)は直視すべきである。
 日本の経済学者の中には、「自由貿易に反対するのは人間が『合理的』に行動していないことを意味する。人間は『合理的』でないことが社会心理学、行動経済学の最近の成果として示されている」というような言い方をする人がいるが、何をもって「合理的」とするかを勘違いしている。「今だけ、金だけ、自分だけ」を基準にして行動するのが「合理的」とする経済学者は合理性の意味を理解していない。恐ろしいことだ。人間はもっと幅広い要素を勘案して総合的に行動している。それが合理性である。
 TPPは本来の自由貿易でないとノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ教授は言う。ただし、氏は「本来の」自由貿易は肯定する。筆者は「本来の」自由貿易も否定するというか、それをめざすべきものとは考えない。なぜなら、「本来の」自由貿易なるものは現実には存在しないからである。規制緩和や自由貿易の利益の前提となる完全雇用や完全競争は「幻想」で、必ず失業と格差、さらなる富の集中につながるからである。市場支配力のある市場での規制緩和(拮抗力の排除)はさらなる富の集中により市場を歪めるので理論的に間違っている。理論の基礎となる前提が現実には存在しない「理論」は本来の理論ではない。理論は現実を説明するために存在する。「理論」に現実を押し込めようとするのは学問ではない。「今だけ、金だけ、自分だけ」を利するだけである。

 

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