【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第44回 まだ残っていた『女工哀史』2019年3月14日
私が中学を卒業するころ(1950年ころ)から、徐々に戦後の混乱が収まってきた。それでもまだみんな貧しかった。高校に進学できない子どもも多かった。私のような都市部の中学校でも同級生の四分の一は就職組だった。
農村部ではさらに進学は少なかった。もちろん戦前から比べたら格段の差で進学はできるようになっている。農地改革で小作料はなくなり、米価はいくら低いと言っても戦前から比べると高くしかも安定しており、他の農産物価格も食糧不足時代だったために高かったからである。それでも子どものすべてが高校に進学するまでにはいかなかった(大学などはましてやである)。
それをねらったのが戦前の伝統を引き継ぐ繊維関連工場などの都市工業であった。戦後復活しつつあった製糸、紡績、織物、縫製などの大小さまざまの工場が若い労働力、とくに女子労働力を必要とするようになり、中学校や高校に、また卒業近い女の子の家庭に、ブローカーのような就職斡旋人が顔を出すようになったのである。学校に求人に来るのは職安などをきちんと通しているからまだいいが、卒業生のいる貧しそうな家を訪ねて支度金を出すからとか言って身売りに近い条件で連れて行くものも多かった。
宮城県の農村地帯に生まれた家内のところにも就職しないかと来たという。進学するといったら、家をじろじろと見てこんな家で進学などできるかという顔をして、就職するとたくさんカネが入っていい暮らしができるよと言ったという。実際にそうした誘いで就職した同級生がいたが、4~5ヶ月して裸足で命からがら逃げ帰ってきたという。詳しくは話さなかったというが、『近江絹糸』以下の労働条件だったのだろう。
1954(昭29)年の6月、滋賀県にある近江絹糸の女子労働者が無期限ストライキに立ち上がった。
その要求は、信書の開封・私物検査反対、外出の自由、結婚の自由を守れ等々、今では信じられないような内容のものだった。戦前の日本資本主義を支えた紡績工場の過酷な労働、最低の基本的人権すら無視した監視や懲罰など、『女工哀史』はまだ生きていたのである。この106日間に及ぶ闘いは人権ストとも呼ばれ、世論の支持を得て勝利したが、従業員約1万3千人という大企業ですらこうした状態だったのだから、零細な企業や店で働く労働者の状態は推して知るべしであろう。
戦後の民主化で労働基準法を始めとする労働者の権利をまもる諸制度ができてもそうだったのである。
こんな都市に出て行くなら、いくら苦労しても農村にいた方がよかった。嫁に行って苦労はしても、少なくとも子どもといっしょに暮らし、育てる喜びはあったからである。
しかし、それができるものは限られていた。高校に行きたくとも行けない、家にはもちろん地元にも働き場がない子どもたちは、いくらいやでもふるさとから出なければならなかった。とくに次三男、娘は働き口を探して家の外に出なければならなかった。家に置いておく経済的ゆとりなどなかったからである。
一方、戦災から復活した都市部の繊維産業をはじめとする工業、零細な商工業の労働需要も拡大し、低賃金で雇える中学、高校卒の労働力を求めるようになってきた。
こうした状況を背景として、全国各地の農山村から若い男女の大都市への流出が始まった。
『近江絹糸』の闘争以来労働者の権利をまもる運動は高まり、労働基準法が守られるようになり、賃金も上昇してきた。あれからもう65年、『近江絹糸』の名前を知っている人も少なくなった。また、ストライキなどほとんど見られず、若い人の中にはその名前も意味も知らないものも出てきた。それと対応するかのごとく、カローシとかハケンとかいう言葉が日常語になってきた。変わったものだ。
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