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コラム:正義派の農政論

【森島 賢】

2019.03.18 
【森島 賢・正義派の農政論】愚民化政治の跋扈一覧へ

 新聞やテレビをみていると、毎日のように、某自動車会社の某社長が会社のカネを不正に使って解任された、とか、政府統計に不正があったとか、面白おかしく報じている。(某社長は、某大学の名誉博士なのだそうだ。大臣も堕ちたが、大学も堕ちたものだ。知性の廉売である。)
 ここには、なぜこうした不正が横行しているか、という深部をえぐるような報道はない。そうした報道をすると、社会の暗部をさらけ出すことになり、弱者の憤激をかってしまうからである。つまり、彼らは弱者の敵に堕ちている。
 これは、今に始まったことではない。支配者は、被支配者に対して真実を知らせず、考えさせもせず、愚民にしておくことが支配の要諦と考えている。「由らしむべし、知らしむべからず」というわけである。
 だが、そうはいかない。弱者は、それほど愚民ではない。
 ここで指摘したいことは、弱者の味方だという野党の政治家たちも、新聞やテレビに迎合して、愚民化政治の片棒を担いでいることである。
 ここには、弱者の憤激に同調して組織化し、反撃する考えはない。新聞やテレビに同調し、愚民化した一部の国民が作り出した頼りない風に乗ろうとする卑しい考えだけがある。

 新聞は、戦前にも同じようなことをした。日露戦争や日中戦争の報道である。
 「日本軍が勝った、勝った」といって騒ぎ立てるだけで、この戦争の本質を伝えなかった。そうすることで、新聞の発行部数を増やし、経営基盤を固めることだけに腐心した。
 戦時中の虚偽の報道は、ここでいうまでもない。軍部の虚偽の発表を、そのまま報道した。そうすることで、戦争を礼賛する側に立った。
 こうした、強者の側に立つ報道がいまも続いている。そして、野党の多くは、これを批判しない。新聞やテレビでカオを売って、次の選挙で当選しようと考えているのだろう。だから、新聞やテレビの報道ぶりへの批判はタブーにする。

 

 

 これからも、某社長や統計不正のような、愚民化するための報道を、熱心に取り上げるだろう。予想されるのは、天皇退位の報道であり、オリパラ報道である。
 天皇の問題については、民主制とは相いれない君主制の残滓をどうするか、という問題である。ここに目を向けようとしない。
 オリパラ報道を聞くとき、想起されるのは、安保闘争のときのことである。ときの首相が「国会周辺は騒がしいが・・・後楽園は満員だ」と、うそぶいていたことである。
 ここで看過できないのは、それらの報道で、来月の統一地方選挙や、4か月後に4行われる参議院選挙や、さらに、半年後に政府が予定している消費増税の報道を、おろそかにしていることである。
 このことは、格差問題に呻吟している弱者の目を、社会問題に向けさせないための陰謀である。まさに愚民化政策である。そして、それへの批判は、野党の存在理由である。
(2019.03.18)

(前回 野党の統計問題にのぞむ姿勢

(前々回 沖縄の苦悩

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