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コラム:ムラの角から

【坂本進一郎】

2019.04.05 
【坂本進一郎・ムラの角から】第4回 沖縄の「戦後」はすでに終わった一覧へ

 「戦後」とは何か。白井聡著『永続敗戦論』によれば、戦後日本は「永続敗戦論(観)及び「『甘え』と『従属』」の二本柱から成り立ってきた」という。『永続敗戦論(観)』とは「日本は今次大戦に負けたのではない。戦争は終わったのだ」という国是まがいの主張の結果生み出されたものである。これはもちろん詭弁の国家作りである。なぜこんな理不尽なことが起こったのか。詭弁の結果、日本は国家運営にゆがみをもたらしたはずである。例えば、「敗戦」を「終戦」と呼ばせたのも、その一つの例である。例はまだある(後述)。

 詭弁の国家作りは、東西冷戦と共に始まった。アメリカは冷戦を有利に進めるため、A級戦犯として巣鴨刑務所に服役していた旧保守層の岸信介と賀屋興宣を刑務所から引っ張り出した。しかしこの二人は本来なら戦犯として、まだまだ服役しなければならない人間である。岸信介がヨレヨレの服装に風呂敷包みを小脇に抱え、刑務所に向かう後ろ姿の写真が公表され、私もこの写真を見たことがある。
 我々国民や何の罪もない近隣諸国の人々に塗炭の苦しみを味わせた岸信介のような人間をアメリカ占領軍は絶対的力を有するとはいえ、免責し権力者に据えるのは国民にとって違和感があろう。しかし、占領政策を首尾よく行うにはこの違和感を生み出した刑務所からの釈放というトリックを乗り越えなければならない。結局、辻褄合わせとして考え出されたのが、上述のように「日本は負けたのではない。戦争は終わったのだ」というでたらめ話により「負けた」ことを隠ぺいし、次いでそのつくり話を日米合作で広げることであった。
 だが、国家作りを「負けた」のに「負けていない」という詭弁にゆだねることは、隠ぺいが続く限り「敗戦」を認めないことを意味し、これは「敗戦」を永続化することで、著者は「永続敗戦」と言っている。しかも、この事実を口にすると日本はアメリカに怒られる。そこでアメリカへの「従属」を決め込んだ。つまり、敗戦を「否認」するため対米「従属」を続けなければならず、逆に対米「従属」を続けている限り敗戦を「否認」し続けることが可能となったのである。だが、ここには落とし穴? がある。一つは国家の在り方をぼやけさせたことである。白井聡も言うように、負けていないのだから、戦争責任をとる必要がなく、その結果近隣諸国に謝らなくてもいいと一人合点し、無責任体制になったことである。「敗戦」を「終戦」と呼び変えたのも、無責任体制と関係があろう。

 二つ目はアメリカに首根っこを押さえられていることである。日本は詭弁を正直に吐露しようとしたが、上述のようにアメリカに拒否された。だが、詭弁の事実をアメリカは知っているので、アメリカに尻尾をつかまれてアメリカの言いなりになってしまった。ただ「永続敗戦」により岸信介のように幸運を拾った人もいた。彼はアメリカに助けられ大いに恩義を感じていることであろう。ここにも「甘え」と「従属」を生み出す構図が見られる。
 辺野古への基地建設の強引さを見ても、アメリカへの過度の「甘え」と「従属」それに「忖度」の強さが感じられるのである。

 これを別の言葉に置き換えれば、「何となく」戦争に「のめりこみ」、「何となく」原発事故に「のめりこみ」、「何となく」農業潰しに「のめりこんでいる」と表現されよう。つまりはじめも終わりもない円環運動をしているだけなのである。それに反して、この本のメリハリのついた立論は、虚構の上に立つ戦後日本を暴いた本として一服の清涼剤を飲んだような気持になった。

 それなら沖縄は「戦後」をどう思っているのか。私はだいぶ前に西表島(いりおもて)の祖納に住む石垣金星宅に10日ほどホームステイし蚕室作りを手伝ったことがある。
 その時感じたことは沖縄は自然が豊かなことである。その結果、海に囲まれた沖縄の島嶼(とうしょう)には海から神々が恵ものをもたらすような雰囲気があった。私がホームステイの間宅急便で送った青森りんごが届いた。送料が中身と同じ金額にはびっくりした。そこで「沖縄先島は台湾より南なので、台湾の高山地帯ではリンゴを作っているから、そこから買ったら」というと石垣氏は「おいしくないもの」という。奥さんはさも海から恵をもたらしたニライカナイをかわいがるかのようにリンゴを撫でまわした。お嶽(たけ・湧水池)信仰を中心にまとまり、天皇制にもかすめとられずゆっくり暮らしている沖縄先島には、時間の流れもゆっくりしているように感じた。

 西表島の帰りに那覇によった。たまたま「米軍用地強制使用反対総決起大会」が行われていた。大会は一糸乱れないかのように緊張したものであった。会場には大勢の人が詰めかけて、目抜き通りはデモでもあったのか騒然としていた。所要あってタクシーに乗ると運転手は私が本土から来た人間と見たのか、「本土は空襲があっても民間人が軍隊に虐殺されたことはないでしょう。今も基地が我々を苦しめている」と言われた。決起大会の緊張は運転手のものでもあった。
 沖縄戦は太平洋の捨て石であったが今もそれは変わらないことに運転手は怒っているのである。だが、沖縄には「詭弁」も「従属」もない。沖縄の人々のたたかいは泥臭くもあるが愚直でもある。国籍は日本でも文化は沖縄。それは日本の中の外国ともいえる。

 

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