【坂本進一郎・ムラの角から】第9回 日本の農民は二級国民でいいのか2019年5月22日
◆農業経営に自信に満ちた表情のフランス農民
私はフランスの戸別所得補償方式の実際を知るためサムボア地方を訪問し、またフラン
ス農民連盟のジョゼ・ボベが日本をどう考えているのか講演を東京に聞きに行ったことが
ある。いずれも20年前のことである。
サムボアはパリから列車で西に2時間のシャンパーニュ地方に位置する人口650人の村である。今回の案内役は通訳の降旗あつ子さんで、私を引き受けてくれた地元農家は農民連盟の指導者カルチエさんだ。パリ市内の連盟事務所でカルチエさんの話を聞いた後そのまま彼と同行しカルチエさん宅に2泊した。
サムボア村には10軒の農家がいるが、そのうち訪問したのは4軒である。フランス人は「10人集まれば10の政党ができる」とやゆされるほどに個人主義が強い。それゆえ日本の場合、皆同じで一軒を見れば村全体がわかると言われたが、フランスでは個人の気質や農政が絡み合って経営形態も様々で、たった4軒だけであったが千差万別・百花繚乱のように展開していた。
4軒の経営内容を見てみよう。
まずカルチエさんだ。住宅に隣接して広い牧場があり、耕作面積210ha、乳牛70頭、いっぺんに10頭が搾乳できる搾乳機を備え、経営は4人のガエックで行っていた。ガエックは構成員による共同出資をもとにした共同経営者という意味である。最低3人のメンバーが必要でこの農場は4人の構成員なので要件をクリアーしている。ガエックは後継者対策を兼ねていることが多く、この農場もそうかもしれない。
私の今回のフランス訪問の目的は補助金のことだ。そこでカルチエさんに聞いてみた。
「所得に占める補助金の割合ははどのくらいになりますか」
「7割です」(注)
「少し多すぎるのでないか」
「国際価格が下がっているのでこのくらいの補填は当然だ」とカルチエさん。
別のところで、「フランスの補助金は多額でうらやましい」と私は誘い水をかけた。これに対して、話し相手のアノリュウ県農協の役員をしているぺロダン氏は、
「補助金をなくすことは個々の農民の存続が問われるだろうが、フランス農業全体がどうなるか問われることと同じだ。農業はフランスにとって大切なものだ」と強い口調の返答が返ってきた。この人の姿勢はフランスを象徴しているように思えた。
実は補助金については、サムボア村に向かう車中カルチエさんから、農業省発行B5判68頁の『補助金のガイドブック』をもらったが、これをパラパラめくるとフランス農民の前には補助金という宝の山が存在しているかのようだ。だからカルチエさんが次のように言ったことは納得できるような気がした。曰く、
「農業で新しいことをやるときや新規に農業を始めるとき、このガイドブックを見るか、役場に行ってどんな補助金があるか聞く」
補助金の山を農民がどのようにして自分の有利になるように切崩していくかということも経営戦略の一つなのであろう。この点については、後述のレモンさんのところでその正体がはっきりするであろう。
次は町長さんのところに行った。町長は85haの牧場の半分を牧草地にして40頭の乳牛を飼っている。町長の悩みは娘2人とも農業に興味を持たないことである。牧場の買い手を探しているが、今まで投資した分の金額を売値にしたせいか折りが合わない。規模を拡大するのはいいが、後継ぎが見つからないと耕作放棄になってしまうとカルチエさん。
3人目はレモンさんだ。レモンさん宅に入った途端壁に花をあしらい小ぎれいに飾られた家は、農家というより都会の邸宅を思わせた。かつての牛小屋も父の死を境にきれいにされ堆肥置き場も洗車場になっていた。フランスではどの農家も酪農との複合なのに、彼は複合経営をやめ160haの穀作一本に戦略を切り替えたようだ。このためミニ農協貯蔵倉庫という感じの巨大な穀物倉庫には,コムギ、オオムギ、ヒマワリなどの穀類が貯蔵されていた。遅く出荷すると所得の半分の奨励金が付くのだという。皮肉なことにこの「企業化」はEUやフランス政府の直接所得補償の部厚い手当なしには不可能であろう。
最後はイタリア系のスーザンさん(女性)だ。彼女の抱える問題は深刻だ。第一にフランス語の読み書きが不十分で、乳量の出荷制限を知らないでいて、その救済運動をしたのはカルチエさんたちの農民連盟であった。二つ目の問題は乳牛が35頭しかいず、しかも草地がなく餌は麦わらだけなので乳質悪く、牛舎を見ても衛生状態は良くない。まるで一昔前の別世界に足を踏み入れ「暗い闇の部分」を見ているようだった。
(注)ちなみにドイツの場合(1997/98)非条件不利地域46.8%、条件不利地域59.4%。ドイツもやや高い。これは92年のCAP(共通農業政策)改革でカルチエさんのいうように国際価格(アメリカ)に合わせる代わり、下げた分を補助金(所得補償)で補うことをアメリカの了解を取り付けたからである。同じころ日本は自由化反対のシュプレヒコールだけで戦略がなかった。
◆日本の農民は2級国民か
南仏に住む農民連盟所属の運動家ジョゼ・ボべはマクドナルドが世界の流通を牛耳っているのは許せないとして、新しく建てられ始めた店を壊した。本人は解体しただけと言っているが手錠をかけられた。ところが、手錠をかけられたまま両手のこぶしを空に向かって突き上げている勇ましい姿とその姿を取り囲むように人々が群がっている写真が世界に配信された。この写真を見るとジョゼ・ボべは「英雄扱い」である。
全く同じ時期大潟村の裁判で国に負けた入植者の田んぼに水が入らないように施錠されていた。それも人に気ずかれないようにである。まるで「罪人扱い」だ。
一方ジョゼ・ボべの講演ではズバリズバリと短いフレーズだが心に響いた。
「日本の農民は見捨てられている」
「日本の農民は二級国民だ」
「日本の農民は未来を語ることを封じられている」
「日本の農産物はコスト以下で売られている」
「国境の存在を無視され、必要もないのに輸入させられている」
これらの片言隻句は日本農民の現状を言い当てて妙だ。これ以上言うことはない。
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