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コラム:昔の農村・今の世の中

【酒井惇一(東北大学名誉教授)】

2019.07.11 
【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第60回 天秤棒で担いで運ぶ作業一覧へ

 前々回まで腰を曲げる労働、田んぼの中を歩き回る労働について述べてきたが、もう一つ辛い労働に、担いで、あるいは背負って運ぶ労働があった。荷車や牛馬車があり、リヤカー、自転車の導入も始まっていて運搬はかなり楽にはなっていたが、道路とくに農道の整備が遅れていたために、あるいは貧しいために導入や利用ができず、昔ながらの労働をせざるを得ない農家がほとんどだったのである。

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 田植えの時、水稲の苗をもっこに入れて天秤棒で担ぎ、苗代から植え付け田まで運んだものだと前に述べたが、かつて都市農村を問わず用いられていたこの「もっこ」という言葉、これも今はほとんど使われなくなっている。もっこを見たことも聞いたこともないという人も増えているのではなかろうか。そこで「もっこ」担ぎを説明しようと思ったのだが、私の能力ではきわめて難しい。そこでパソコンを検索したら「yahoo!知恵袋」にいい説明があった。
 もっことは「網状に編んだ縄または藁蓆の四隅に吊り綱を2本付けたものである。吊り綱がつくる2つの環にもっこ棒を通し、前後2人でもっこ棒を担ぎ、使う。主に、農作業などで土や砂を運搬することに使用される」。
 これはこれでいいのだが、私たちの地域では「もっこ棒」というものはなく「天秤棒」を使っていた。
 それから担ぎ方にもう一つあった。荷物を入れた二つのもっこのそれぞれの釣り綱の輪に天秤棒を通し、それを離して一つずつ天秤棒の前後=両端に吊るし、棒の中央を片方の肩に担いで一人で運搬する、というやり方である。それが普通で、苗運びなども一人であり、積む荷物がよほど重いか、担ぎ手が女・子どもなど力のないものである場合にだけ二人で一つのもっこを担いでいた。

 もっこで担ぐといえば、堆厩肥の運搬があった。春先、耕起前の田んぼに元肥として堆肥を撒くのだが、その運搬にもっこが使われたのである。家の前の畑のすみに山のように積み上げられている堆肥をフォークで牛車に積み、田んぼに運ぶのだが、今と違って農道が整備されていないので、牛車が入れるところまで運び、そこから堆肥をもっこに載せて撒くべき田んぼまで運び、それを田んぼのあちこちに下ろす、それを繰り返すしかなかった。そしてこうして田んぼに積まれた堆肥を母がフォークで田んぼ全面に平等にいきわたるように散らばす。やがてそれは牛による荒起こしや砕土で土の中に攪拌され、田植え後に稲に元肥として吸収されることになる。

 もう一つ、元肥として私たちが「だら」と呼んでいた腐熟させた人糞尿=下肥を元肥として散布する(注)田んぼもあった。
 田んぼの中の何ヶ所かにつくってある「だら桶(=肥溜め、肥壺)」から柄杓で二つの「担い桶(=たご)」(肥え専用の担い桶は「肥え桶」、「肥えたご」と呼ばれた)に汲み入れ、その担い桶を吊るすべく二つの桶の両端にそれぞれつけられている釣り綱の輪に天秤棒を通し、それを肩にかついで田んぼに運び、だらを散布するのである。
 このように、棒の両端に二つの桶を吊るし、その中央を一人で肩にかついて運ぶ場合と、もう一つ、もっこで述べたのと同じように天秤棒の中央に桶を一つ吊るして棒の両端を二人で肩にかついで運ぶ場合とがあった。

 一般に成人の大人の場合は一人で二つの桶をかついでいたが、いっぱい入れたダラをこぼさずに、細い畦道を転ばずに上手にバランスをとって運ぶのは私などから見ると名人芸だった。
 そして適当な場所に来ると桶をおろし、そこから柄杓で「だら」を汲んで田んぼにばら撒く。一か所に偏ったりしないように均等に散布するのだが、これまた名人芸だった。

 このように天秤棒でかついで運ぶためには肩、腰、脚の強さとバランス感覚が必要となるわけだが、これがやれなければ一人前の百姓とはいえなかった。だからそのための訓練は厳しいものがあった。

 いうまでもなく子どもにはとってもできるものではなかった。中高生になっても難しかった。でも、畑の作業ではやったことがある。それも二人でかついでだった。畑に移殖したトマトやキュウリの苗に水をやるために近くの川から水を汲んで桶に入れ、それを天秤棒のまんなかにぶらさげ、棒の両端を背の低い母と力のない私と二人で肩に担いで、息を合わせながら運ぶのである。下手すると水がたぷたぷ波打ち、あふれて足にかかることもあり、結局私の天秤棒担ぎは上手になれずに終わってしまった。

 『裸の島』という映画があった。1960年に新藤兼人監督、乙羽信子、殿山泰司主演で製作され、国際的にも高く評価された映画である。
 瀬戸内のある小島の段々畑を耕す農家の暮らし、水がないために段々畑を上り下りしながら水を入れた桶を天秤で運び、そこから柄杓で汲んで畑作物に水をかけている日々の姿を淡々と描いているのだが、何とも苦しい。しかしこれは映画芸術という面からはもちろん、かつての農業の姿を知る上でも必見の名画だと私は思う。若い農業関係者にはぜひ見ていただきたい映画である。

 

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酒井惇一(東北大学名誉教授)のコラム【昔の農村・今の世の中】

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