【童門冬二・小説 決断の時―歴史に学ぶ―】改革の決め手は教育だ―定信と重賢―2019年7月26日
◆災害こそ新藩主の能力試験
江戸時代の"幕府の三大改革"゛と呼ばれたのは、「享保の改革・寛政の改革・天保の改革」である。寛政の改革の推進者は、白河藩主松平定信だ。定信は享保の改革を行なった八代将軍吉宗の孫である。若い時に、白河藩主の養子になり後を継いだ。26歳だった。この時、浅間山の大噴火があり、東北地方から関東地方さらに中部地方にかけて、降灰の大災害があった。定信を迎えた白河藩では、重役が気の毒がった。
「悪い時期に、藩主の座をお継ぎになりましたな」と同情した。が、定信は笑った。
「いや、逆にいい時期だ。若い私には、こういう非常の時に藩主の座を頂戴したことに、逆に勇気が奮い立つ。よろしく協力を頼む」と、頼もしい宣言を行った。
定信は、災害対応だけでなく、疲れ果てた白河藩の財政再建に改革を行わなければならなかった。かれはこの時に、
「改革の決め手はすべて教育にある」と宣言した。その教育も、城の武士だけに行うのではなく、一般の領民も意識改革が必要だと述べた。そのために、藩校をつくった。そしてこの藩校には、
「武士だけではなく、一般人も是非通ってほしい」と告げた。教育重視の改革は成功した。その功で定信は老中首座(宰相)に登用された。老中の座に就いてからかれは、
「藩主の中で、模範になるような改革を行なった人物は表彰したい」と思い立った。眼を着けたのが、肥後熊本(熊本県)藩主細川重賢である。重賢は、財政破綻寸前にあった熊本藩の再興を目的に、厳しい改革を進めていた。堀平太左衛門という変わり者に、改革の全権を託した。重賢も、
「今熊本藩は潰れるか潰れないかの非常時にある。こういう時には、泰平に慣れた普通の人物では駄目で、常に問題を起すようなトラブルメーカーでなければ役に立たない。非常の時には非常の人物が役立つのだ」と告げていた。
藩校を「時習館」と命名した。論語の最初の一文「時に学んでこれを習う。また喜ばしからずや」からとったものだ。校長に、秋山玉山という学者を選んだ。玉山はカチカチな学者ではなく、下情に通じていて、人柄も柔らかかった。重賢はそれを見込んだのである。最初時習館を任せる時にこう告げた。
「秋山先生、先生は国家(この場合は藩)の大工さんです。人づくりが仕事です。その人づくりも、それぞれの能力に見合った教育を施していただきたい。川に例えれば、学ぶ者は上流に居たり中流に居たり下流に居たりします。上流に居る者はそれに見合った教えを、中流に居る者も下流に居る者も流れが速くて、橋が架けられなければ、先生が橋の代わりなっていただきたい。私が望むのはそういう教育です」と頼んだ。玉山は承知した。つまり重賢が頼んだのは、
「居る場所に応じたお教えをお願いしたい」
ということである。居る場所に応じたというのは、とりもなおさず、
「その人間の能力に応じた教え」
という意味だ。
◆細川重賢、表彰を辞退し鷹山を推薦
定信は、
「細川重賢公こそ、表彰に値する」と感じて、その話を重賢にした。重賢は笑って辞退した。そして、
「私よりも表彰に値する適任者がおります」
「誰ですか?」
「米沢藩主の上杉治憲(鷹山)殿です」と言った。治憲のブレーンである細井平洲という学者が、時習館の校長秋山玉山と懇友だったからである。二人は互いに、それぞれの主人の改革方法を情報として交流し合っていた。だから、玉山を通じて重賢は鷹山の改革を細大漏らさず知っていた。鷹山も重賢の改革を知っていた。だからせっかくの定信からの話も、
「自分よりも、上杉治憲殿の方がはるかに立派だ」と思っていた。重賢は、自藩の改革を成功させても、決して奢らない謙虚な人物だった。鷹山は定信によって表彰される。江戸時代史で、大名が、
「他藩主の模範になる」と言われて、幕府から表彰されたのは、上杉鷹山一人である。しかしその鷹山の表彰も、同じように優れた実績を挙げている細川重賢の辞退と代りの人物として推薦されたことによる。そしてお互いに共通するのは、
「改革の決め手は全て教育である」という考えであった。鷹山もまた、
「為せば成る 為さねばならぬ何事も 為らぬは人の為さぬなりけり」
ということを信条として、教育の根本には改革への積極性と勇気とを求めた。今までは、中央政治を受け持った幕府と、地方政治を受け持つ各藩主との間に、バラバラな施策が展開されたが、この時代はまさに、
「中央と地方の、あ・うんの呼吸でピッタリ一致していた」
という時代であった。
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