【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(147)「単純さ」と「複雑さ」の共存2019年9月13日
「知彼知己、百戦不殆」という表現を見たことがある人は多いと思う。書き下し文では、「彼を知り己を知れば、百戦殆うからず」となる。中国・春秋時代の兵法書『孫子』の「謀攻篇」にある言葉である。現代日本では「彼」の代わりに「敵」という言葉を当てはめて使う頻度の方が多いかもしれない。原文は「敵」ではなく「彼」である。
さて、『孫子』は筆者も好きであり、時々目を通すが先の文章はなかなかに難しい。
そもそも敵の状態を全て知り、自分の状態も全て知っているような状況が本当にあり得るのかという単純な疑問は、中学生の頃、この言葉を初めて聞いた時から感じていた。
中学レベルの漢文の授業なら文字通りの解釈を行い、その説明を聞いて「なるほど」と思うかもしれないが、正直な感想は「それはそうだが、実際には無理だ」というところであろう。受験勉強では感じたままストレートに答えを書くわけにはいかないため、『孫子』の有名な教訓はあくまでも理想の「机上の空論」として伝えられてしまう。
では、ここで『孫子』が本当に伝えたかったことは何かを考えてみたい。
敵の全てを知ることと、自分の全てを知ることなど現実的にはどう考えても無理である。実際、60年近く生きてきても筆者は自分のことすらよくわからない。まして見たこともない「敵」の全てなど知ることは不可能であろう。
『孫子』が本当に伝えたかったことは、推測するしかない。同じ『孫子』の「勢篇」の中に、これも有名な箇所がある。筆者は食べ物が好きなため、食べ物に関係した部分のみを引用すると、「味不過五、五味之變、不可勝嘗也」という表現がある。「味は五に過ぎざるも、五味の変は、勝(あ)げて嘗(なむ)べからざるなり」と読める。
一般に、味は「甘い、辛い、塩辛い、苦い、酸っぱい」の5つしかないが、その5つの組み合わせは無数に存在し、全てを舐め尽くすことはできない、が直訳である。漢文の試験で良く出された「不可勝」は「あげて~べからず」と読み、「全て」の意味であるし、「嘗(なむ)」は「舐める」であると考えれば、「全てを嘗め尽くすことはできない」という意味となる。
現代流に言えば、「味」の変数は(先の)5つしかない「単純」構造だが、その組み合わせは無数に存在する...。つまり、極めて複雑で味わい尽くせないことを示している。
やや、まわりくどい言い方だが、逆説的に言えば「複雑さ(=無数のもの)」の中から、いかに「単純さ」を見つけ出すか、これが重要であるということだ。そして、「複雑さ」の組み合わせはそれこそ「無数」にあるが、5という基本(「単純さ」)を理解していれば、目の前の複雑な現象は5つの要素がどのように変化した結果であるかを見極めることが出来るということだ。言い換えれば、いかに複雑に見える現象も、基本となる要素をしっかりと理解していれば、そこからひも解くことは可能であるし、逆に「単純さ」をいろいろな形で組み合わせればどのような「複雑さ」も造ることが出来ることになる。
こうしたことを踏まえて『孫子』が伝えたかったことは何か、勝手に推測してみる。
現実の世の中には「単純さ」と「複雑さ」というような、相反する事柄が同時に存在していることが非常に多い。だからこそ、重要な点は、複雑な現象に直面しても途方にくれず、「複雑さ」の中に原則とも言える「単純さ」を求めること、そして、さらに重要な点は、世の中の全ての事象を「単純さ」だけで解釈しないこと、この2つではないだろうか。とくに最近は、後者のミスが多い。何でもかんでも「〇〇の法則」に当てはめないことだ。社会現象は彼我の相互作用だからだ。
そういえば、「よく学び、よく遊べ」、これも子供の頃に散々親から言われたが、「よく遊べ」ば、当然疲れて寝てしまう。「どうしろと言うのだ?」と昔は思ったが、「遊びの中に学びがあり、学びの中に遊びがある」と考えれば、これも「単純さ」と「複雑さ」の共存と言えるのかもしれない。
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