【澁澤栄・精密農業とは】「安全・安心」の亡霊 データ駆動型農業の限界2019年9月17日
「安全・安心」は外国語に翻訳できない。安全は科学的根拠にもとづいて客観的に判断できるが、安心は個人の感情であり一般化できない。日本ではこれを一緒にして「安心」を強調し、安全でないことを隠してしまう風習がある。精密農業は「データ駆動型農業」だが、信頼できるデータでないと安全も確保できない。
◆「データ駆動」の盲点は「データ」の信頼性
農産物や食品の広告を見ると、「安全・安心な◯◯」や「顔が見える農産物」あるいは「専門家が効果を証明―効果には個人差があります―」といった見出しが目につく。これらはみなデジタルデータなのだが、どこかに嘘がある。
農産物の安全は、生産プロセスである農作業の安全に依存している。農作業の安全は、労働者の安全(公衆衛生や人権)、食品安全(食品衛生)、環境保全(生物多様性・環境基準)などのルールにより守ることができる。これらが守られていることは、科学的に信頼できる根拠を提示すればよく、科学的根拠は国際的にも理解されるものだ。
例えば、BSEの原因は飼料であり、飼料製造プロセスに科学のメスをいれることで解決でき、また30月齢以上の牛を検査することで、汚染肉の出荷が防げる。しかし、飼料の大半を輸入している日本では、海外の製造元を直接管理しない限り、安全は担保できない。「全頭検査するから安全・安心」は、まやかしだ。危害の要因と水準を科学的に検証し、解決できないことも含めて、事実を共有すべきである。事実の共有で長期の混乱は起こらない。
農産物の地域ブランド化は、農家にとって、精密農業を導入する強い動機になっている。ブランド化とは、製造プロセス全体を正確に記述し、その独創性や再現性および他者との違いを根拠データにもとづいて説明し、農産物生産の物語を作ることが基本になる。しかし、根拠もなしに「商品名」の宣伝に先走りすると、誇大広告となり、安全でないものを「安心」させて販売することになりかねない。

◆「情報付き農産物」の挑戦
JST復興促進プログラム(マッチング促進)に「土壌・栽培情報価値の可視化による精密復興農業モデルの構築」(平成24-26年)の課題が採択された。舞台は福島県矢祭町の農業法人。「復興農業」は、災害社会で営まれる日本農業の真骨頂でもある。
この地域は、震災による東電の原発事故で発散した放射性物質の被害はほとんどなかった。しかし、「福島」と聞いただけで消費者が敬遠し、卸や小売は「福島産農産物」を安く買い叩いた。
「農業法人でんぱた」は、収穫した農産物を農家から集め、小型トラックに乗せて東京まで運び、直接、消費者に安全であることを訴えた。共感する消費者が徐々に増えたが、購入した農産物を途中のゴミ箱に捨てたり、「矢祭」の買物袋を捨てたりする人もいた。結局、購入しても、矢祭の農産物の安全性を家族や友人に説得できないからだ。
本プロジェクトでは、図2に示すように、限られた予算の中で精密農業技術を利用し、生産プロセスを記録し、目に見える形にした。観測した放射性線量は、農工大府中キャンパスと同じレベルで、全く問題なかった。さらに、マスコミの取材に対応し、消費者にパンフレットを配布、講演会なども開いた。しかし、「消費者の不安」を払拭できなかった。安全と安心の区別を生活感覚として根付かせる努力が引き続き求められる。

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東京農工大学特任教授 澁澤栄氏のコラム【精密農業(スマート農業)とは?】
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