【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(155)対岸から見る2019年11月8日
牛や豚などの成長促進目的の肥育ホルモン剤(動物用医薬品)に「ラクトパミン(ractopamine)」という薬がある。米国、カナダ、豪州などでは広く使用されているが、日本では使用が認められていない。わが国では輸入畜産物に対しては、FAO/WHO合同食品添加物専門家会議が定めている「一日当たりの摂取許容量」を下回る範囲で残留基準が定められている。また、国際基準(Codex基準)でも、適正使用をしている限り人の健康への悪影響はないというのが科学的な判断である。
注目したいのはラクトパミンの安全性ではなく、この薬を使用した豚肉について、過去、そして現在もいくつかの国や地域が様々な理由で輸入を禁止している点である。代表的なところではEU、ロシア、中国、台湾などである。背景として、過去、不適切な使用により食中毒等の事故が発生したことがある。あるいは、安全性確保を表に出しつつ自国産食肉を海外からの安い食肉から守るという戦略的な意図があったのかもしれない。実際、EUと米国は1990年代にはこの問題をWTOで争ったことがある。
さて、今回のアフリカ豚コレラ(ASF:African Swine Fever)問題で世界最大の豚肉生産・消費国である中国の生産量が約4割減少するということは各メディアが伝えている。
これを米国の視点から見るとどうなるかが興味深い。例えば、現在世界最大規模の食肉加工会社として有名なJBS社という会社がある。米国に詳しい人であれば聞いたことがあると思うが、Pilgrim'sという有名ブランドを持つ。同社のHPに記載されている内容を簡単にまとめると以下のとおりになる。
元々はブラジル、ゴイアス州の企業である。1990年代までにブラジル全土に拡大し同国最大となり、2000年代初めにアルゼンチン最大の同業者(旧Swift-Armour社)を買収、さらに2007年には米国の老舗Swift社を買収、2008年にはFive River Cattle Feedingと後述するSmithfield社の牛肉部門を買収し、世界一の牛肉肥育企業にもなっている。
さらに、2009年には先に述べたPilgrim's Pride社の株式を取得、2010年には豪州のRockdale Beef社、2013年カナダのXL Foodsを買収するなど拡大を続けてきた。
そして、2014年にはパッケージ食品の売上げで同社を上回る食品企業はネスレ社だけとなり、名実ともに世界有数の"食品"企業となった。その後も同社はブラジルやメキシコのTyson Foods社の子会社、穀物メジャーで有名なCargill社の豚肉部門などを買収したが、2018年には先に述べたFive River Cattle Feeding社を売却し、食肉加工に特化する方向に舵を切っている。
さて、今回のASF問題で大量の豚肉が必要となる中国に、今後、誰が豚肉を供給するのか。そのようなことを思案していた先月半ば、JBS社とTyson Foods社がラクトパミンの使用を止めるとのニュースを目にした。前者は契約相手の畜産農家に対し使用禁止という形で徹底するようだ。Tyson Foods社も2020年2月までに契約農家に対し使用を止める模様である。一方、現在では中国河南省に本拠を置くWH Group(萬洲國際)傘下のSmithfield社では、既に複数の施設などでラクトパミンの使用を停止している。
これで世界の豚肉加工ベスト4社のうち米国3社が同じ方向を向いたことになる。もう1社、デンマークのDanish Crown社は既に中国市場に参入しており、この9月には上海に新工場をオープン、高騰する豚肉市場を前にしている。JBS社とTyson Foods社はこれまで、米国内用と輸出用の生産ラインを別々に保有しており、輸出用はラクトパミンを使用していなかったが、今回のASF問題を受け、中国向け輸出需要に対応するためには全社的な対応が必要との判断に至ったのであろう。
いずれにせよ、中国豚肉市場はASF問題が収束するまでは欧米企業の草刈場になる。
中国だけでなく各国におけるASFの1日も早い終息と、大変申し訳ないが、対岸の火が飛び火してこないことを心から願う次第である。
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