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コラム:正義派の農政論

【森島賢】

2019.11.11 
【森島 賢・正義派の農政論】中米間抗争のゆくえ一覧へ

 中国と米国との間の激しい貿易抗争に、やや沈静化する気配がある。たがいの報復関税を撤廃する交渉が、一歩前進するようだ。歓迎したい。
 世界経済を重く覆う暗雲に、1つの切れ目ができて、その間から一筋の明るい陽が差し込もうとしている。
 だが安心はできない。この抗争は両国の国家体制に根ざしていて、新冷戦といわれるほどの深刻なものである。だから、それほど容易に氷解するとは思えない。
 しかしともかく、交渉が前進することは歓迎すべきことである。世界の大国である両国が、たがいに批判しあい、切磋琢磨して、よりよい国家体制へ向かうことに、全世界が注目している。
 さて、国家体制を考えるとき、生産力の高い体制が生き残ることは、歴史が教えるところである。
 しかし、ここには重要な条件がある。それは、人間性の開花を妨げるような国家体制は歴史が許さない、ということである。

 近年の中国の生産技術の発展と、それによる生産力の高まりには、目ざましいものがある。ことに先端技術の発展ぶりをみると、すでにその一部分は、米国を追い抜いているという。

 これに対して、米国は焦燥感をもっている。そして、中国の政治体制を批判している。つまり、生産における政治資金の支援について、強い不満を表している。
 これが、中米交渉の主要な主題である。そしてこれは、国家体制の問題である。

 中国は社会主義国家だから、政治が経済に介入することは当然のことと考える。
 一方、米国は資本主義国だから、政治は経済に介入すべきでないと考える。
 これは、水と油である。だからといって、武力で決着させるべき問題ではない。
 懸念されるのは、生産力競争における勝者としての中国の驕りであり、敗者としての米国の悪あがきである。

 さて、中米がこのような、それぞれ違う国家体制を選択したのは、それぞれの国の国民である。これは、他国が干渉すべきことではない。まして、軍事力を背景にした干渉をしてはならない。
 だからといって、互いに欠点を批判しあい、切磋琢磨することまで否定すべきではない。
 そのように、中米交渉を見守りたい。

 米国の中国に対する批判は、政治が経済に介入するという点にとどまらない。国家体制の全般にまで及んでいる。その批判点は、自由と民主主義だという。中国には自由もないし、民主主義もないという。最近では香港などでの自由と民主主義の抑圧を批判する。
 これに対して中国は、声を荒げた言い方ではないが、それでは米国に自由と民主主義があるのか、と反問する。そして、米国流の自由と民主主義がもたらした経済的弱者と経済的強者との間の分断を批判する。米国の自由と民主主義は、形ばかりのものではないか、という反論である

 このようにして、国家体制をたがいに批判しあうことは、おおいに歓迎すべきことである。しかし、決めるのはそれぞれの国の国民である。他国による軍事力を背景にした干渉は許されない。経済力を使った干渉も許されない。
 うした視点で、今後も注意深く見守っていきたい。成功すれば、今後の新しい国家体制を世界に示すことができるだろう。
 それは、本来の中国的平等と、本来の米国的自由に満ち溢れた国家体制だろう。そしてそれは、協同組合国家と近親性の強い国家体制になるだろう。
 日本をはじめ第三国の、争いを好まない多くの人たちは、両国の抗争ではなく、両国の欠点を補いながらの切磋琢磨を、強い関心を持って見守っているに違いない。
(2019.11.11)

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