ラスト1マイルにこだわる 経済成長支えた農業のDNA 藤井 晶啓 JCA常務理事【リレー談話室・JAの現場から】2020年6月18日
私事で恐縮であるが、自分が昨年、編著で出版したことを両親に報告したところ、兼業農家であった父が「実は自分もサラリーマン時代に本を出したことがある」と、一冊の書籍を取り出した。
タイトルは『ノーヒューズブレーカの原理と適用』(電気書院)で、昭和49年発行。当時、父は大手家電メーカーの地元工場に勤めていた。書籍には多くの回路図とグラフが掲載されている。驚いたのは、恐らくは工場で働く技術部のメンバーが自ら集め、自社の実験・製造過程で得られた当時最先端の技術情報を惜しげもなく公開していることである。
そのことを父に尋ねると「当時は、企業秘密を守るよりも、新しい技術を広めたほうが世のためになる、との思いを共有していたから、当然だった」という。
作家 佐藤優氏はいう。「戦後日本を復興させ、高度経済成長を実現したのも、日本人に流れる農業のDNA。農業で重視されるのは生産と勤労。この精神は産業界で働く人々にも共有されていた」。父の書籍も、農業のDNAが日本の経済成長を支えた証の一つといえよう。
◆パラダイムシフト
新型コロナ危機は、経済的な格差拡大、社会的な閉塞、文化の衰退を懸念している。
自分が勤めるJCA(日本協同組合連携機構)では発足2年を経て、これからの10年間を見据えたJCA2030 ビジョンを掲げようと組織討議を開始した。組織討議資料は、冒頭に新型コロナ危機を据え、2030年までの10年間を未来への分岐点と位置づけ、協同組合らしく自らの地域課題達成を目指すプラットフォームになろう、そのためには従来型の成長・競争一辺倒ではない、持続可能な地域社会の実現へパラダイムシフト(考え方の大転換)しよう、と会員である協同組合に呼び掛けるものである。
それは、よりよい結果をより少ないコストで得るという効率化重視から、その時々のプロセス重視への転換である。一橋大学の野中郁次郎名誉教授は「PDCAは効率化モデルであっても、創造モデルではない」と指摘する。PDCAが成り立つのは計画を予測できる安定した環境下だからであり、コロナ発生後の想定外の環境下には、PDCAを守るだけでは生きていけないということだ。
その新たな価値観を明確にしたのがSDGsだと思う。(1)先進国・途上国すべての国に行動を求める「普遍性」、(2)誰一人取り残さないという「包摂性」、(3)すべてのステークホルダー(利害関係者)に参加をもとめる「参画性」、(4)社会・経済・環境のいずれの側面も追及する「統合性」である。
◆非日常的価値観と日常的価値観を繋ぐ
実は、SDGsが示す価値観について、自分は相当の距離を感じていた。自分の日常的な価値観とあまりにかけ離れすぎるからだ。例えば、新型コロナ発生後のウィズコロナ時代になっても、さすがに利己主義は嫌悪しているが、だからといってアメリカから世界に広がった抗議デモが自分事とは思えない。
だから思う。持続可能な社会が求める非日常的な価値観と、個々人の日常的な価値観をつなぐ役目を「小さな協同」として協同組合が目に見える形にできないものか。
出口が見えない不安のなかで利己主義に走りがちな自分を否定できない。そのうえで、少しだけでも他者に配慮することが最終的には自分のため、また未来の子や孫のため、さらに世のため、人のためになる。そういう小さな協同を単組で具現化できないものか。
アクリル越しの応対、業務のリモート化が定着するとともに、人との最後の接点であるラスト1マイルの大切さも明らかになった。単協が組合員から見たラスト1マイルにどこまで関与できるか、が大事になるのではないか。
どう関与するかは単協次第だ。長期化するであろうこれからの新型コロナ危機に対して農協が協同組合だからできることはあるはずだ。農業のDNAが我々の中にあるのだから。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日