農政ジャーナリズムの矜持【小松泰信・地方の眼力】2021年1月13日
東京新聞(1月12日付)に「人事院事務総長に初の女性、松尾氏」の見出し記事あり。あの松尾さんか。2020年2月の国会で、東京高検検事長の定年延長を巡る政府の法解釈を問われ、「現在まで同じ解釈が続いている」と事実を語った。ところが、あの筋にヤキを入れられたのか、「言い間違えでした」と撤回。矜持を捨てた官僚ほど栄達する国、日本。「初の女性」がくすんで見える。
吉川元農相在宅起訴へ
すでに議員を辞職した吉川貴盛氏(元農水相)が、鶏卵生産・販売大手「アキタフーズ」(広島県福山市)の前代表から過去6年間で計1800万円を受け取った疑いがある問題で、東京地検特捜部はこのうち大臣在任中の500万円について、吉川氏を収賄罪で近く在宅起訴する方向で検討に入ったことを、朝日新聞デジタル(1月12日5時45分)が伝えている。
アキタ社をめぐっては、吉川氏側の政治資金パーティー券を約300万円分購入したが、複数の個人名義で小口分散して購入したと偽って収支報告書での公開を避けたという政治資金規正法違反の疑いもあるとのこと。
また前代表は、西川公也氏(元農水相)にも14~20年の7年間で1500万円超を渡したと供述しており、自民党の「農水族」議員に幅広く現金提供していたとみられている。
西日本新聞(1月13日付)によれば、「内閣官房参与だった際に現金数百万円を受け取った疑いがある西川公也元農相について、賄賂と認定するのが困難と判断し、収賄容疑での立件をしない方針を固めた」そうだ。
ちなみに、吉川、西川、両氏は二階派の重鎮であった。
吉川問題を恐れるな
作家の佐藤優氏は、農業協同組合新聞(1月10日付)のインタビュー記事において、「今後、農協はどのような取り組みを進めていくべきですか」と問われて、「全国農業協同組合中央会(全中)を中心に、政治との関係を強化すべきです。農協は『抵抗勢力』や『圧力団体』と見られることを嫌い、政治と距離をとっているように見えます。いま吉川貴盛元農林水産相が鶏卵生産大手『アキタフーズ』から資金提供を受けた疑いがあるとして検察に捜査されていますが、これによって農業関係団体がさらに政治に臆病になってしまう恐れがあります。それだけは絶対に避けなければなりません。
業界団体が業界の利益のために政治に働きかけることは、決しておかしなことではありません。働きかけの過程で違法行為があれば摘発されて当然ですが、悪いのは違法行為であって、ロビー活動そのものではありません。業界全体のために政治家に現行法で定められたルールを守って献金することは、非難されるような筋合ではないのです。堂々と胸を張ってお金を渡せばいいのです。(中略)吉川問題があったからといって怯えてはなりません。コロナ禍を乗り切るには政治の力が必要なのだから、農協はこれまで以上に政治に対して積極的に働きかけていくべきです」と、政治好きのJAグループ関係者にエールを送っている。
あくまでも合法的なロビー活動のすすめと普通に解釈したうえでも、この発言には疑問を禁じ得ない。
当コラムの眼には、JAグループは政治との関係を強化しているとしか映らないからだ。百歩譲っても、関係が弱まったとは思っていない。
臆病になっているのは、怯えているのは、現政権ににらまれること。二階氏、菅氏、ついでに安倍氏ら権力の中枢に巣くう政治屋と、彼らに怯えて矜持をかなぐり捨てた農水官僚らのご機嫌を損ねないように、媚びへつらうことこそ大問題。
当コラムも含むJAの正准組合員の皆が皆、現政権を支持しているわけではない。農業者の最大のパートナーである消費者もしかり。にもかかわらず、自公以外の政党と等距離外交に踏み切れないところを指して、佐藤氏が「臆病」「怯え」としているのであれば納得するが、そうではないとすれば、誠に残念!
吉川問題の本質は農政を巡る癒着の構図
「またしても前政権下の『政治とカネ』を巡る疑惑が事件に発展した」で始まるのは読売新聞(20年12月27日付)の社説。「吉川氏は、自民党選挙対策委員長代行を務めていた。健康状態を理由に議員を辞職したが、菅政権への打撃は大きい。元農相で内閣官房参与の西川公也氏も、同じ業者から現金数百万円を受け取った疑惑が出ている。西川氏は元農水官僚とともに業者から接待も受けていたという」ことを指摘し、「農水行政への信頼は大きく損なわれた。吉川氏と西川氏は、説明責任を果たさねばならない」と、厳しい姿勢を示している。
秋田魁新報(1月12日付)は、「農相は農林水産省の職務全般に権限がある。それほど大きな力を持つ人間が現金を受け取り、業界を利するために政策を左右した疑いがあるということだ。問題の本質は農政を巡る癒着の構図にあり、疑惑を徹底的に解明しなければならない」「菅内閣で内閣官房参与に再任された西川公也元農相にも、現金受領疑惑がある。18年以降、アキタ社側から数百万円を受け取ったとみられる。農水族議員の重鎮であり、元代表が働き掛けていたようだ。西川氏は同社の豪華クルーザーで元農水官僚らと接待も受けており、癒着ぶりにはあきれるばかりだ」として、「18日に通常国会が召集される。国会が真相解明に力を尽くすのは当然だ。菅首相も党総裁として、任命権者として事実関係を明らかにする責務がある」と、癒着の構図を徹底的に解明せよと迫っている。
評価できない農政に期待せざるを得ないこの不幸
当コラム(12月9日付)も「よしかわにしかわモウケッコ~」と題して、吉川問題を取り上げた。全国、地方を問わず社説等でこの問題への追及の必要性を訴える一般紙も少なくない。
他紙では持ち得ぬ貴重かつ希少な情報を持っているはずの日本農業新聞は、20年12月26日付の同紙コラム「四季」で、「高らかなトランペットで始まる農業協同組合歌『明日の大地』」をマクラに、「吉川貴盛元農相の収賄疑惑も発覚した。年の瀬の政治が落ち着かない」をオチにして、その後の紙面に期待を抱かせた。しかしこれまでの所、社説的位置付けの「論説」において真正面から取り上げることはなく、情報提供にとどまっている。
同紙(1月12日付)が伝えた、農政モニター調査(1133人を対象に、2020年12月中下旬に郵送で実施。回答者は756人、回答率66.7%)によれば、菅内閣の農業政策への評価を大別すれば、「評価しない」(44.8%)が「評価する」(25.5%)を大きく上回っている。にもかかわらず、農政で期待する政党として、ほぼ半数の49.6%が「自民党」をあげている。
当コラム、「評価しない」農政に、「期待せざるを得ない」という悲しむべき情況に風穴を開ける寸鉄となる。
「地方の眼力」なめんなよ
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