熊野孝文著「ブランド米開発競争――美味いコメ作りの舞台裏」【自著を語る】2021年4月8日
![「ブランド米開発競争――美味いコメ作りの舞台裏」](https://www.jacom.or.jp/column/images/colu21040811_1.jpg)
中央公論新社:発行、四六版220頁、定価:1500円+税
コメの産地で開催される農産物検査官の標準品査定会を取材する機会があった。その時、標準品サンプルを作っている農水省OBから「もう標準品サンプルを作れる人はほとんどいないんですよ」を聞かされた。その産地で生産されるコメの等級品位を決めるために欠くことが出来ない標準品サンプルを作る人がいなくなったらコメの検査はどうなるのか? そのころ瑞穂検査協会が中心になって標準品サンプルを画像に落とし込んでそれをアプリで提供するという事業を始めた。それが進化して穀粒判定器で検査が可能になるという時代を迎えた。
「ブランド米開発競争~美味しいコメ作りの舞台裏~」は、新品種が世に出るために尽力している様々な人を紹介しているが、本書で綴りたかったのはそのことではない。もちろんコメの育種家は個性的な人が多く、それだけでも十分に読み応えのある本になったと思う。最も強く記憶に残っていることは、長年農業試験場に勤務、有力な新品種を育種した方に、その方が育種した品種の欠点を指摘したところ烈火のごとく怒り、激しく反論されたこと。後日、その方と会食する機会があり、その方の複数の教え子の悲劇的な話を聞いた。まさに心身を費やしてコメの新品種育種に携わる人々を思わずにはいられなかった。そうして誕生する新品種が世に知られるようになるのはごく一部であり、多くは名も知られないまま消えて行く。
その一方で予想を上回る勢いでコメの需要が減少、このままでは70年後には日本でコメを食べる人がいなくなるという恐るべき事態になりつつある。さらには生産者の高齢化などで耕作放棄地が増加、近い将来、1農家で40haを耕作しないと需要量を賄えないという深刻な事態が迫っている。まさに日本のコメは危機的な情況に瀕している。このままで良いのかという問いかけが本書で最も言いたかったことである。
国はこうした事態を回避すべく農地の集約化やスマート農業による省力化技術の普及など様々な政策を講じているが、根源的な問題はそうした政策によってコメが産業になり得るか否かにある。著者は産業になり得るためには「マーケット=市場」に向き合う事が最も重要だと考えている。もちろんそれだけで問題が解決するとは思っていないが、少なくとも市場を無視した商品などあり得ない。そのことを強く意識して著したつもりである。日本のコメの行く末を案じる人に、ひとりでも多く読んでいただけることを願っている。
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