江戸初期の就活美談 松平定綱【童門冬二・小説 決断の時―歴史に学ぶ―】2021年4月24日
迷信を潰す
江戸初期に松平定綱という大名がいた。徳川家康の生母お大が再婚して生んだ子の息子というややこしい身だった。本人はそんなことは気にかけず"豪胆"をもって鳴った。九歳の時江戸城が火事になった。お大は家康に引き取られて城内でくらしていた。祖母の身を案じた定綱はすぐ駆け付けた。が門番が怪しんで中に入れない。怒った定綱は刀を抜いて身分を告げ、門を開かせたという。
二代目将軍秀忠に可愛がられ、九歳の時に下総(千葉県)山川で1万5千石の大名に取り立てられ、寛永十二(一六三五)年に伊勢桑名十一万石の領地を与えられた。
農事がすきでよく村を見て廻った。農民生活を妨げる迷信や邪教を嫌った。が農民はそれを信じ、生活の中に取り入れている者も多かった。定綱は頭越しにその習慣を禁じなかった。源(みなもと)と対立した。桑名の領主になったとき、領内を流れる川の上流に"明神様"と呼ばれる祠(ほこら)があって、
「これより上流に行く者には神罰を下され、舟は覆り乗手は死ぬ」と伝えられていた。住民はこれを信じ古くから暮らしの上で不便を感じていた。定綱は舟に乗り祠の前まで漕がせた。そして祠に向かって叫んだ。
「神仏は人の難儀を助けるのが役目だと承っている。ところがここではその逆で川の道をふさぎ、住む者を苦しめている。今後もそのいたずらを続けるなら祠を壊して川に流すがよろしいか」
祠の神主が交通料を取るためにもそういう伝承をつくりあげ、村人に信じさせてきたのだ。信仰は改められ、川は人流・物流の機能をキチンと果たすようになった。
山にも伝説があった。ある山では麓の老杉に天狗が棲んでいて「山に登る者は通行料を納めること」とされていた。定綱は、「バカな」と笑った。そして「公開で老杉を伐採せよ」と命じた。老杉は伐られ天狗は居場所を失った。
定綱の行為にはどこかユーモアがある。迷信や邪教を潰すにしても真向から、
「その信仰は迷信だからやめろ」
と居丈高には禁じない。周囲がクスリとするような知恵を働かせる。誰の心も傷つけない、
「荒っぽいけど名君だ」
と評判を高めた。
なぜ加増を希うのか
桑名の殿様になったのは秀忠の死後二年のことだが、秀忠が生きていたころ定綱は頻りに加増(ベース・アップ)を希った。秀忠は眉を寄せた。
「この前加増したばかりではないか」
そのとおりだった。一万五千石からスタートした定綱は、その後3万石、3万5千石、六万石と、数年おきに加増されてきた。性格から言っても収入増を希うような男ではない。
「何か事情があるのか」秀忠が訊いた。
「ございます」
「申せ」
「実は当家への雇用を待たせている者がございまして」
「? 話が見えぬ。くわしく話せ」。定綱は話した。
雇用を待たせているのは、改易(潰された)にあった福島正則(豊臣秀吉の寵臣で家康のために関ケ原合戦で大功を立て、備後と安芸―共に広島県―で大封を得ていた)の家臣で、吉村又右衛門という武士だった。早くから先を読んで正則に、
「豊臣系の大名は必ず改易されます。今のうちに備後か安芸のどちらかを返上なさいませ」とすすめた。が、正則はきかなかった。城普請(それも些少な)未届を理由に改易されてしまった。秀忠は口を挟んだ。
「福島を潰したのはわしだ」
「そうです」
「替りに信州川中島を与えたぞ」
「主人の正則はそれでくらせましょう。しかし一度に失業した家臣達は食えません」
皆、待ち続けてきた
「正則の責任だ。で?」
「三人の重職が失業者全員の再就職をあっせんいたしました。殿(秀忠)もご存じの通り、福島の旧臣ときいただけでどの大名も欲しがりました。全員再就職できました」
「三人の重役は?」
「一人は加賀前田家で三万石、といわれましたが断って隠居、一人は紀州家へ一万石で仕官、もう一人は、
「それが、お前が待たせている吉村だな」
「ご賢察の通り」
「なぜ待たせる?」
「望む地行が一万石、とても払えません」
この時定綱は大垣(岐阜県)で六万石の知行だった。
「そういうわけか」
「そういう次第です」
「よくわかった。わしの好きな話だ。しかしこの時期に今のお前に十万石はやれぬ」
「もちろんでございます。ですから私も待ちます」
「悪いな。しかし羨ましい」
秀忠は温かい心の持ち主だ。悪いなといいながら死んでしまった(寛永十年)。
その二年後に定綱は十一万石になった。父の定勝が死んで家督を相続したからだ。約束を守り吉村を召し抱えた。一万石だ。周囲は驚いた。が、皆温かく受け止めた。こういうことが次第に少なくなっていたからだ。
定綱が予想していないことがあった。それは吉村が二百人の家来を連れていたことだ。目を見張る定綱は吉村に目で訊いた。
(どうするのだ? この者たちの知行は)
吉村は笑って答えた。
「私が払います。そのための一万石です。この連中も、鍬を振りながら今日まで待ったのでございます」。二人は顔を見合わせて笑った。
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