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機械化・施設化の背景と評価【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第188回2022年3月17日

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1970年代後半、人力と畜力を基本に一部跛行的に進んだ小型機器によって支えられてきた日本の稲作の耕起・代掻き、育苗、田植え、防除、刈り取り、脱穀、乾燥、調整の作業はすべて機械化・施設化されるようになった。いわゆる「中型機械化一貫体系」が稲作において確立したのである。

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このように、日本の稲作に適合した機械、しかも微細な手作業を代替する機械まで、きわめて短期間で開発したことは日本の技術者の優秀さを示すものであった。そしてこれは、欧米の単なる模倣をして機械化を推進しようとした第一次農業構造改善事業などの誤り、アジアという風土に適した技術開発の重要性を示すものでもあった。

もちろん、いかにこうした機械化体系が開発されてもそれが実際に普及するかどうかは別問題である。

わが国でそれが普及したのは、低いとはいえ生産費が補償されている米価と兼業収入があったからだった。また戦後の安い石油の輸入に基づく重化学工業の発展、大量生産技術の農業資材生産分野への適応、資本の市場としての農業分野の把握の重視、機械・施設導入にさいしての多額の補助融資、その結果としての機械・施設の相対的低価格であった。この二つがあったからともかく農家は購入できたのである。

さらにもう一つ、高度経済成長にともなう農村からの労働力流出があった。若年労働力の都会への流出、農村部に進出してきた弱電や繊維等の中小零細企業による労働力吸収による農繁期労働力の不足、それにともなう農繁期労賃の高騰に対処するためには機械化せざるを得なかったのである。

そうした背景があるとはいえ、そしてまた「中型」という括弧付きであるとはいえ、さらに過剰投資等々さまざまな問題を抱えていたとはいえ、ともかく機械化一貫体系を確立させたことは高く評価できよう。これまでの苦役的な過重労働からの解放をもたらし、また労働の繁閑の差を縮小する等々、長年の農家の悲願をかなえたのである。

またそれは農家の「むら」からの自立、家族による自己完結経営を可能にした。ゆい・手間替えはもちろんのこと雇用もいらなくなり、末端水路の掃除などの共同作業以外「むら」のきまりに縛られることもなく、家族だけで自立して自由に経営ができるようになったのである。まさに「独立自営農民」(もちろんかっこ付きだが)となった。これはわが国の稲作が始まって以来のことだった。

しかし、喜んでばかりはいられなかった。稲作機械化一貫体系の確立はこれまでの歴史的に形成されてきた経営規模と矛盾するものだったからである。田植えと収穫の機械化で完結した機械化一貫体系は旧来の経営規模の限界を打破すると同時に、これまで長く続いてきた1~2ha規模の家族経営を破壊するものでもあったのである。

その破壊の過程は機械化が従来の家族経営の規模に適合していた家族労働力の一定部分を過剰にするという形をとってまず発現した。これを解決するために必要となるのは、過剰となった労働力を稲作以外の作目・部門を導入することで燃焼させていくこと、いわゆる経営の複合化を推進することであった。

また破壊の過程は、従来の経営規模では機械・施設を効率的に稼働できず、いわゆる「過剰投資」を引き起こすという形をとっても現れた。この解決のために経営の組織化、つまり機械・施設の共同所有、共同利用を組織化することが必要となった。

しかし、農産物輸入の拡大のなかで複合化はなかなかうまく進まなかった。とくに湿田などで畑作物の導入が困難な水稲単作地帯では、過剰となった労働力は他産業に吸収され、さらに都市に流出することになった。

組織化もなかなかうまく進まなかった。それどころか機械化を契機に組織がこわれるところすら出てきた。庄内の水稲集団栽培(注)の普及の解体がその典型であった。70年代に入って田植機が導入され、トラクターの小型化とその相対的低価格化によって中上層農が個人で購入できるようになったために下層農家の田植え期の雇用労働が不要になったこと、つまり自分の家族労働だけで農作業ができるように、経営の自己完結が可能になったことを契機に、ほぼ全面崩壊してしまったのである。これはトラクター作業の受委託と田植えの共同作業への出役をめぐって組織構成員内部に、上層農と兼業下層農との間に矛盾があったこと、上から組織されたという側面の強い組織もあったことからも来ているが、いずれにせよ農家の自己完結意識、独立自営意識がいかに強かったかがうかがえよう。そして多くの農家が機械の個別所有に走ることになる。当然過剰投資である。それを補うために兼業に出る。すると複合化などできるわけはない。労働力はさらに過剰となり、若者は流出することになる。

苦役的ともいえる農業労働からの解放、私の子どものころからの念願だった、それが実現された、夢のようだった、しかしそれは必ずしも村々を、家々を豊かに発展させるものにはならなかった。その背景には農畜産物の輸入自由化問題もあったのだが。

1970年代、これまで述べたようにさまざま問題をかかえながらも稲作の化学化、機械化が進み、増収と省力化を進めたのだが、その背景のもう一つに土地基盤整備があった。

それを振り返って見てみたいのだが、いつも昔話ではどうかと思うのでそれはちょっと先送りし、次回からちょっとの間、話を大きく切り替え、現代の問題、いま話題のコロナとパチンコと(私のような)高齢者との三題話をしばしの間させていただきたい。

(注)jacomコラム、昔の農村・今の世の中、2021年10月14日掲載・第167回・「水稲
集団栽培」参照。

本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。

酒井惇一(東北大学名誉教授)のコラム【昔の農村・今の世の中】

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