(続)奥山・里山・裏山を昔話で語る【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第198回2022年5月26日
もう60年以上も前の話になるが、大学入学で仙台に来た時に驚いたことの一つが竹林(孟宗竹)が多いことだった。私の生家のある山形市周辺ではあまり見かけない。北国、雪国に行くほど竹林が少なくなるので、きっと雪のせいではないかと思う。
そんなことでタケノコが生えているのをまともに見たのは仙台に来て初めてだった。私が大学一、二年のときに通った東北大教養部が当時は仙台南部の山の麓にあり、そこは農山村だったので(今はすべて市街地になってしまったが)、その通学途中にある農家の裏の山が竹林だったから、すぐに見つけられたのである。
「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり」、『竹取物語』に出てくるこの竹取りのおじいさんが金色に輝く竹の中にかぐや姫を見つけたのも、この裏山の竹やぶの中だったのではなかろうか。
こんなことから私にはかぐや姫と裏山とはすぐに結びついた。もちろん裏山には竹だけが生えているわけではない。栗や胡桃、柿、梅などを植えている場合もある。また杉を何本か植えている場合もあり、雑木林にしているものもある。そして竹はタケノコを生産するだけでなく竹それ自体を竹製品の加工原料として、栗やクルミ、柿等の実を採集して、自給もしくは販売していた。また、燃料や肥料源としても裏山は利用された。
ということからして、裏山は植栽、育成もなされ、利用も多く、人間が意図的に手を入れている山ということができる。
このように、家からの距離によって「奥山・里山・裏山」として土地に対する労働の投下程度(集約度)を変えて利用してきた。もちろん距離ばかりでなく地形や気象等によってそれは変わるし、厳密に言うともっと言わなければならないことがあろう。しかもあまり学問的でもない話だし、私の専門分野ではない。でもこんな風に考えていいのではないかと思っている。
それにしてもこの山林の利用方式は、農業の場合の土地の利用の仕方と何と似ていることだろうか。農業も集落からの距離や地形によって集約度を変え、「水田もしくは常畑・焼畑・秣場(注)」として農用地を利用してきたのである。
そして農用地では食料生産を基本に、山林では薪炭、建材、木工品、野生動物、山菜等の生産、販売をし、農業と林業をうまく組み合わせ、労働力が年間均等配分できるようにするとか林地が農地に落ち葉や山野草を供給するとか、お互いに補完・補合してきた。
こうして山村住民の生活を成り立たせるとともに、平地農村、都市に住む人々の生活をも支えてきたのである。
もちろん、これは当時の技術段階での合理的な土地利用方式でしかない。したがって山村における農林業の生産力はきわめて低く、また道路や農地の造成も十分にできないために林地が未利用のままに残される場合も多く、生活のレベルも低くならざるを得なかった。
さらに起伏の多い地形は他集落や都市との交流を妨げた。自然的距離・直線距離にすればすぐ近いのに、波のようにうねる無数の起伏にじゃまされて道路距離・歩行距離は長くなり、それに傾斜が加わるので時間距離はかなり遠くなって隣の集落との往来もままならなず、物資の交流や人的文化的交流がさえぎられ、社会的文化的に立ち遅れざるを得ないという問題もかかえていた。
もちろんこうした閉鎖性は悪い面ばかりではない。それは各地域それぞれ独自の文化が育ち、保存されるということでもあり、いい面もあった。たとえばアブラナ科植物の地域性、多様性、それに対応する食文化の多様性は、こうした起伏の存在からもたらされたものだった。そして起伏によってそれぞれの地域で異なる風土を利用して各地域独自の農業を、また文化を多様に発展させてきた。
それにしても、やはり土地の高度や起伏によって山間地域の生活、文化は立ち遅れざるを得なかった。そしてそうした段階に対応する古い土地所有関係、家と家の関係、たとえば北上山系における名子制度や大山林地主の支配、さらに明治以降の林野の国有化などがあったからどうしようもなかった。
こうした問題点はあっても、先に述べた農地・林地の利用方式は山村住民が自らの地域の風土に対応して確立した技術であり、一定の合理性をもつものであった。だからこそ山間部の集落は何千何百年と続いてきたのである。
(注)「秣場(まぐさば)」については、入会地や大家畜飼育との関わりで別途話をしたいと思っているので、ここでは説明を省略させていいただく。
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