防風林と失われていく「いぐね」【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第202回2022年6月23日
太平洋側の仙台平野、日本海側の庄内平野の防風林と見たが、その中間の内陸=山形盆地はどうだろう。
また洗濯物の話になってしまうが、結婚したばかりのころ家内が私の生家で洗濯をしたときのことである。洗濯物を物干し竿に干そうと思って行ったら洗濯挟みがない。どこにあるのかと私の妹に聞いたらそんなものはないという。それでは風で洗濯物は飛んでいってしまうだろうと思ったが、ないのだからしかたがない、物干し竿にかけてだけおいた。夕方になって取り込みに行ったら洗濯物はそのまま物干しにかかっていてもう乾いている。風で吹っ飛ばないのである。

仙台だったらそんなわけにはいかない、ともかくよく風が吹く。ところが山形内陸は風が少ない。庄内地方を襲う日本海側からの季節風は朝日連峰などの出羽山地にぶつかってはるか上空を通るので風はそんなに吹かない。ただし、そのときたくさん雪を山形盆地に落としていく。それで湿気のなくなった乾いた風が奥羽山脈を超えて仙台平野に吹き込む。太平洋側からの風は奥羽山脈でさえぎられて上空に行くので山形盆地にはそんなに吹かない。
もちろん山形内陸も季節風が吹くときもある。3月から4月初めがそうだ。そのときが子どもたちの凧揚げの季節となる。しかし土ぼこりはそれほどたたない。田んぼはもちろんそうだが、畑からもである。雪が畑の上にあちこち残っており、解けた雪で畑の土がしっぽりと湿っているからである。土が乾き始めるころ、春真っ盛りの頃にはもう季節風はない。それに山形内陸は庄内と同じで密居集落、身を寄せ合って風から身をまもる。
だから防風林はない。屋敷に木々や庭があっても屋敷林と言えるような広さの林はない。とにかく家屋敷以外みんな田畑だ。平地で見られる林は神社や寺くらいなものだ。
こうしたなかで育ったから関東の雑木林に奇妙な感じをもち、いぐねに驚き、網走の防風林に感動するのだろう。
しかし、と考えるときがある、山形内陸の平地林の少なさは、平地が少ないなかで生きていくために林などにしてはおけなかったという貧しさからも来ていたのではなかろうかと。
しかし、そのうち私のような疑問を感じる人はいなくなるのではなかろうか。
都市開発で平地林がなくなる関東平野
東京の拡大による都市開発が進む中で関東平野から平地林がなくなっているからだ。平地林の相続税が耕地よりも高いために平地林をまず手放さざるを得ないこともそれに拍車をかける。
何とか残っている平地林もその多くは放置され、荒廃しつつある。薪炭の需要はなくなり、落ち葉を拾ってきて堆肥をつくったりしていたらとてもじゃないけど経済的に引き合わないからだ。それに拍車をかけるのが農家の高齢化、後継者不足だ。ほとんど人手が入らなくなったために、かつての雑木林は雑木林ではなくなりつつある。
こうしたなかで、かつての武蔵野がなくなってきている。菱田春草の描くきれいな落ち葉などは掃除の行き届く公園や神社などでしか見られなくなった。かつての豊かな生態系も大きく変えられつつある。
こうした平地林の問題は武蔵野だけではない。仙台平野の低い丘にある林も同じだ。ほとんどだれも林の中に入ろうとしなくなった。杉などを植林したところも材木価格の低落で放置されて荒れ果て、竹林は中国からのタケノコの輸入で生産しても引き合わず、竹竿などの需要もなくなったのでまったく手入れされず、それが周辺の雑木林や農地を荒らしたりもしている。
こうした荒れ果てた平地林が耕作放棄とあいまってどんどん増えていくことになるのだろうか。かつての農村景観はどこへいってしまうのだろうか。
それぞれの地域の地勢と気象に適合すべくつくりあげてきた平地林、これはまさに日本人の知恵の結晶だった。そしてそこは、前に述べた山林原野とあわせて、資源の宝庫だった。改めてこの先人の知恵を見直し、新しい生産力段階に対応した資源としての活用を図っていくことが今求められているのではないだろうか。
何世代にもわたって守った「いぐね」が原発事故で伐採
ちょっと付け加えておきたい。
さきほど述べた「いぐね」は福島の浜通り北部にもある。このいぐねが原発事故の放射能で汚染された。木の幹や枝葉に付着した放射性物質はなかなか落ちない。この除染にはかなりの金と人手がかかる。わずかな補償金では除染は無理だ。しかし除染しなければ住めない。やむを得ずすべて伐採することになる。
先祖が何百年も前に植え、代々にわたって何百年も管理し、利用してくるなかで、それに自然の生命力が加わってつくりあげてきたいぐね、家族を屋敷を何世代にもわたって守ってくれたいぐね、これがこうして消えてきた。
人間と自然の力でつくりあげた文化・自然遺産である「いぐね」、これがなくなっていいのだろうか。いぐねの除染に対するきちんとした財政的な支援、東電の補償があってしかるべきではなかったかと思うのだが。
なくなったものはしかたがない、今残っている各地のいぐね、いろいろ不便もあるだろうが、何とか工夫をして、また自然遺産・文化遺産として国や自治体が援助して、遺してもらいたいものだ。
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